私は“可哀想”なんかじゃない
烏蝿 五月
私は“”なんかじゃない
二度目の中学校の同窓会で懐かしのメンバーと出会った。みんなそれぞれ、どんな仕事に就いただの、大学がどうだの和気あいあいと会話を楽しんでいた。
しかし、私は少しみんなと離れた席で、一人お酒をちびちびと楽しんでいた。本当は参加するつもりなんて無かったのだが、旧友が会場への通り道に私の家があるからと、無理やり連れてこられたのであった。一度目の同窓会は不参加のまま終わってしまった、あの時は参加しようと考えていたのだが、夕方からの集まりは仕事と時間が重なっていて参加ができなかった。そして今回が二度目の集まり、偶然にも仕事場の工事で休みになっていたタイミングでの招待で、初めは参加する気ではいたのだが、鏡に映る自分の姿を見てしまってからは行く気もすっかり失われていた。不参加と返信をしてスマホを裏返したまま、ベッドに横になってその日は寝てしまった。その後何日か経ったある夕方、なぜかチャイムが鳴った。宅配便が来るようなこともしていないし、誰かが訪ねてくる理由も無い、不思議に思いながらもドアを開けると、そこには懐かしい人物が綺麗な姿で立っていた。
「◯◯ちゃん、一緒に同窓会行こうよ!早くしないと遅れちゃうよ!」
と、なんとも眩しい天使は訳のわからないことを口にした。しばらくの沈黙が流れたあとに、彼女は私が不参加であることを知らないのだと理解し、その旨を伝えたのだが...
「早く早く!もうその格好でいいからさ!きっと楽しいから!行こう!」
と、強く手を引かれてしまい、せめてもと玄関にあった上着を羽織ることだけはやりきった。ほぼ下着のままだというのに、よく危ない橋をわたらせてくれるなと睨もうとしたのだが、彼女は「間に合うかなぁ」と心配そうに時計を見つめていて、私の視線に全く気が付かなかった。結局、集合時間には間に合わなかったけれど、他のメンバーが私の手を引く彼女のことを待つようにと頼んでいたらしく、初めの乾杯の準備だけがされていた。
「ま、間に合ったぁ!」
彼女は自身の到着を伝えるように大きな声でそう言った。
「間に合ってないから」と軽く小突かれる。
「ヒーローは遅れてやってくるものなのだよ!」
と胸を張って遅刻したという事実を認めてしまい、「遅れてんじゃねぇか」「ヒーローが来たぞー」と彼女はその場に溶け込んでいった。
その空気に耐えられず、こっそりとその場を離れようと後退りをしていると、この会の企画者こと元クラス委員の人が私の存在に気づいてしまった。
「あれ?◯◯さん、不参加って聞いてたんだけど、来てくれたんだね」
と迷惑がることもなく、なぜか歓迎ムードまで流れてきた。その場の対応は素早くて、用意されていなかった私の席を作ってくれて、グラスも用意されて、いざ乾杯をしようというタイミングになった。私も一応この場にいる訳だし、ここでやらないのもおかしな話だと思い流れに身を任せる。任せたのだが、いや、当然というべき結果になり、私は数分後には離れたところに腰を下ろしていた。分かってはいたが、誰も私のことなんて気にしていなくて、みんなの楽しい雰囲気は段々と盛り上がっていった。私は一人、飲み慣れた安物のお酒を延々と飲み続け、酔ってしまえばと思っても、アルコールに慣れてしまった身体には満足では無かったようだ。酔うに酔えないもどかしい気持ちのまま時間は経っていき、時計を確認すると三十分も経っていなかった。すると、私の手を強引に引っ張ってきた彼女が私の元へ歩いて来て、興味もないだろう私について質問をしてきた。
「◯◯ちゃんって、いまどんなお仕事してるの?」
それだけの質問で、私の身体は硬直してしまう。その間にその他何名かが彼女につられて私の元へとやってきていた。
「◯◯さんって頭良かったよね、公務員とかの事務でもしてそうじゃね」
「よくわかんないけど、出世コースにのってそうだなぁ」
と様々な予測が建てられていく、そんな中で正直に言える訳もなく、適当に嘘を吐いた。
「中小企業の事務員だよ」
なんて言ってみた。きっと私の顔は引きつっていただろう、けれどそれを聞いて口々に感想を言われた。
「へぇ、頭がいいのってあんま関係ないのかぁ」
「いいじゃん、俺なんて親の会社で働いてるせいで、ずるいとか色々言われてる」
しかし、そんな言葉は私の耳には届いていなかった。気持ちが悪い、吐きそうだ、視界が歪む、頭が割れそうだ、泣いてしまいそうだ。
一言「ごめん」と伝えてトイレに向かった。着くやいなや胃から全てが逆流してきて、さっきまで飲んでいたお酒と胃液の混じったものだけがトイレに流れた。声が枯れてしまっては仕事に支障が出てしまうため、手洗い場の水道水を手ですくってゴクゴクと飲む。その後、壁に肩を預けながら会場に戻る途中、何かの話し声が聞こえてきた。
「◯◯さん、あの服装は無いわ、プライドとか無さそうで羨ましい」
「どっかで見たことあると思ったら、街の風俗かもしれん、似た顔だなとは思ったんだよ」
「あんな格好で来るしかなかったのかな、なんか可哀想だね」
また吐き気が私を飲み込んでしまい、もう一度トイレに顔を埋める。今度は水と胃液しか出てこなくて、喉の痛みがわかりやすくなった。先程と同じ工程を繰り返した後、なるべく人目につかないように移動して、なんとか出口までたどり着いた。
「あれ、◯◯さん帰っちゃうの?」
あの女が話しかけてきた。いや、彼女が話しかけてきた。その声を聞いた元クラス委員も駆け寄ってきて
「この後も時間があればみんなでカラオケとか行こうと思ってるんだけど、どうかな」
と平気な顔でお誘いを持ちかけてきた。この男はイかれてるんだなと理解し、「ごめん、体調悪いから」掴まれた手を振り払って、自宅へと歩いて帰った。
自宅のベッドに倒れ込んで、早く寝てしまおうと目を瞑る。しかし、頭の中であの言葉が何度も流れてくる。
“可哀想”
私のどこが可哀想なんだと、吐き気よりも怒りが溢れてくる。しかし吐き気も強くなり、一日で三度目のトイレにハグをするハメになった。水分は吸収したらしく今度は少しの胃液しか出なかった。水を飲もうと立ち上がり、必然的に鏡に私が映る。それはとても、とても“可哀想”という言葉がぴったりの風俗嬢が佇んでいた。少し汚れた大きめの上着を着ていて、髪は少しボサボサで、化粧もまともにしていなくて、周りの評価はブサイクで無い人間が、見るも無残な姿になっていた。こんな姿で外に出ていたのかと、普通であれば羞恥心を感じるであろう所に、私は「悔しさ」だけを感じていた。
高校時代、私は親から「勉強をしなさい、勉強は人間とは違って裏切らないから」と言われ続けた。その時の私は逆らうことを知らず、ただ純粋に親の言うことを信じて勉強に取り組んだ。その結果、学年で一位の成績になり、後輩からは憧れの眼差しを受けた。それはあまり悪くないもので、少し天狗になっていた。そのせいで少し成績が落ちてしまった時がある。すると、後輩は用事以外で話しかけてくることは無くなり、家に帰ると親に殴られた。そのせいで「私には勉強しかない」というマインドが埋め込まれ、娯楽や趣味、他の全てを投げ売って勉強に取り組んだ。そのまま大学生になった。名のしれた有名な大学に進み、後輩からは尊敬され、親からは頭を撫でられた。なぜかそれを嬉しく感じてしまい、それからの私は今までのように壊されていった。
しかし、ある日を境に私は正気を取り戻してしまった。そのため、まともに今までの生活を続けられず、こっそりと実家から逃げ出したのだ。遠くへ引っ越すことも考えたが、お金の問題もあってそれは叶わなかった。結局、実家から少し離れたアパートに住み、数万円とにらめっこをしながらの生活が始まった。もちろんそれが長く続くわけもなく、職を探してみたものの、スーパーの店員だったりは親に見つかってしまう、そんな時に思い付いたのが風俗のお店だった。嫌だとか考えてられないと既に悟っていた私は流れるように嬢になり、人気を獲得して有名になる度、働くお店を変えていた。そんなある日に、二度目の同窓会が決まったのだった。
“可哀想”とはどうゆう意味だろう。無心のままスマホで検索をかけると
「弱くて、不幸な状況の人や物に対して、同情や憐れみを抱く気持ちを表す言葉」
と出てきた。そうか、私は周りから見たら“不幸”なんだ、私なりの幸せを求めて生きてみた結果がこれなんだ。隣に座る男の人が変わっていく状況を憐れまれているんだ。そうして今に至る経緯を思い出していくと、過去に戻るたびに涙の量は増していった。
その涙を流していると思った。私は悲しいのだろうか?いや違う、私は悔しいんだ。過程はどうであれ今の私は私の意思だ。それを憐れまれた事が悔しいんだ。
私は起き上がって涙の跡を洗い流し、化粧をして、服を着替えた。そして今勤めているお店に電話をしたあと、働きに出た。
「この悔しさを感じないほど、胸を張って働こう。そう生きよう」
途中見知った顔とすれ違った気がしたが気にはしない。
それから近くで一番有名なお店に移り、毎日を必死に生きている。
自分でも不思議なほど清々しい気分でいられたからか、周りからの評価も上がり続けた。
そんな時にあの言葉が脳裏をよぎる。
「可哀想:弱くて、不幸な状況の人や物に対して、同情や憐れみを抱く気持ちを表す言葉」
私は確かに弱いかもしれない、頼れる人は少ないし、今日を生きるのにも精一杯だ。
だけど...
私は“不幸”なんかじゃない
私は“可哀想”なんかじゃない 烏蝿 五月 @Iyou_Itsuki
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