第三章 初めての音出し
王座の間を後にした俺は、王城の裏庭に案内された。
夕暮れの光が石畳を橙色に染め、遠くでは鐘の音がこだまする。厚い城壁の内側に広がる庭園は、手入れの行き届いた芝生と花壇で彩られていて、さっきまでの緊迫した空気が嘘のように穏やかだった。
……いや、落ち着いてる場合じゃない。
俺はいま、この異世界で「勇者」として試されようとしているのだ。
「勇者様、こちらへ」
騎士に導かれた先には、丸太のような訓練用の人形が並んでいた。鉄で補強された木の人形には、過去の剣や矢の跡が無数に刻まれている。
どうやら、ここで「聖具トロンボーン・オブ・アーク」の力を試せということらしい。
「ここで……吹けってこと?」
「はい。我らが王は、勇者様の力を直に確かめたいと仰せで」
そばには王と数名の兵士、さらにローブを纏った魔導士らしき老人までが控えている。
全員の視線が俺に突き刺さった。
心臓がドクドクと音を立てる。
全国大会の予選でソロを任されたときでさえ、ここまで緊張はしなかった。
俺は深呼吸をして、スライドを構えた。
異世界に来ても、吹奏楽部で叩き込まれた姿勢は身体に染みついている。
ベルを少し上に向け、唇をセット。マウスピースに息を吹き込む。
――ブォォォォォンッ!!!
大地が震えた。
芝生が揺れ、城壁に飾られた旗がバタバタと音を立てる。
次の瞬間、目の前の木人形が真っ二つに裂け、破片が宙に舞った。
兵士たちが一斉にざわめき、王が思わず前のめりになる。
「な、なんという威力だ……!」
「木製の人形が、一撃で……」
俺は呆然とした。
たった一吹き。いつも合奏でかき消されていた俺の音が、目に見える力となって世界を変えた。
「勇者様!」
魔導士の老人が駆け寄ってきた。皺だらけの手でトロンボーンをまじまじと観察する。
「やはり伝説は真実だった……。《アーク》の音は魔を祓い、物質すら断つ。これほどの響き、我らの国は救われましょうぞ!」
兵士たちが歓声を上げる中、俺だけは震えていた。
これは……本当に俺の音なのか?
部活では「相沢、聞こえねぇぞ!」と怒鳴られてばかりだった俺が……。
「相沢響」じゃなく、「勇者」として求められる音。
その違いに、胸が熱くなる一方で、怖さもあった。
「勇者様、どうかその力で魔王軍を退けてください!」
王の声が、重く響く。
俺は無言で頷いた。だが心の中では、まだ決意が定まりきっていなかった。
吹奏楽部では「空気」だった俺。
異世界では「勇者」かもしれない。
でも――勇者の音色が本当に世界を救えるのか、まだ誰も証明していない。
トロンボーンのベルに、夕日が反射して黄金に輝いていた。
その光を見つめながら、俺は決意と不安の狭間で立ち尽くしていた。
吹奏楽強豪校で補欠だった俺、異世界では音で世界を救う勇者でした @haxibiro
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