約束は叶わない
Side ??
王の二度目の結婚は、まるで国全体が祭りに浮かれるように祝福された。街は花で彩られ、鐘が鳴り響き、人々は口々に「これで王家は安泰だ」「次こそ王子が誕生する」と喜びを叫んでいた。
……そんな祝賀の空気の中で、私はひとり、重苦しい部屋でやけ酒に耽っていた。
「旦那様。」
「なんだ?」
「おやめくださいませ。あまりに飲みすぎでございます。」
家令の声は冷静で、しかしどこか心配をにじませていた。
私は返事代わりにグラスを傾ける。琥珀色のウィスキーが喉を焼き、胃に落ちていく感覚だけが虚しさを和らげてくれる。
見かねた家令が、そっとボトルを下げるようにメイドへ目配せした。すぐに酒瓶は片付けられ、私の前に残ったのは半分ほどのウィスキーが入ったグラスだけになった。
「だからこそ、私は申し上げていたのです。せめて……せめて婚約の打診だけでもなされていれば、と。」
「……親友を喪ったばかりのエミリア嬢に、そんな言葉を投げかけられるものか。」
唇を噛みしめ、吐き捨てるように言った。あの時、声をかけられなかった自分の臆病さを責めながら。
彼女が侯爵家の三女である以上、望めば私が潰せる縁談しか来ていなかったはずだ。それなのに、よりにもよって――。
「兄上と……結婚か。」
吐き出した声は、酔いのせいかかすれて震えていた。
これは運命の皮肉か、あるいは兄の悪意によるものなのか。だが、私が彼女を想っていたことなど、表に出したことは一度もない。だから「嫌がらせ」などあり得ないと分かっていながらも、そう疑いたくなるほどに苦しかった。
思い返す。
王位を継いだ兄は、本来なら次男である。長兄アルフォンスが急死し、続いて父王は病で世を去り、その後を追うように母までもが倒れた。次兄――今の王が混乱の中で玉座に就いたことに、誰も逆らえなかった。
だが私の胸には、未だに拭えぬ影があった。すべてが偶然なのか、それとも……。
「祝福など、送れるものか。」
グラスを握り締め、静かに呟いた。
「だが……表向きは笑って見せよう。そうでなければ、彼女が苦しむ。」
初恋は、実らないものだと知っていた。
それでも、彼女が王妃になった以上、私にできることはある。
剣となり、盾となり、この国と彼女を守り抜くこと。
たとえ心が血を流そうとも、それが私に許された唯一の道なのだろう。
剣豪として知られる王弟、エドワード・アダルハード・サンチェス。
銀糸のような髪に、冷たい紫水晶の瞳を宿す男は、深い吐息をひとつ零した。
八年後。
彼はその決意のまま、王妃を――愛した女を守るため、密かに最前線へと赴くことになる。
だがその未来を知る者は、まだ誰もいなかった。
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