永遠に、あなたの隣りで

@Redjewel

プロローグ|静かな誓い

ナポリ、ポジリポの丘の墓地は、

季節の風に洗われていた。


潮の香りを含んだ風が、

幾つもの墓標の間を通り抜けてゆく。

その静まり返った空気の中、

黒いコートの男がひとり、ただ立っていた。


カルミネ・ロッソ。


歳を重ねた今も背筋は伸び、

かつて裏社会を震わせた男の影を微かに残している。

その視線の先には、ひとつの墓標。

刻まれた名を、カルミネは黙って見つめていた。


風が吹き、裾が揺れる。

それだけが時間の経過を示していた。


「……久しぶりだな、レオ」


誰に届くでもない声を、

カルミネはそっと風に紛れさせた。


傍らにはひとりの青年が立っている。

レオン・フィオーレ。

かつてレオが命をかけて守り、

カルミネが遠くから見守り続けてきた少年だ。


レオンには、父レオの面影がほんの少しだけ残っていた。

声の落ち着き、背中の伸び方、

そして何より——

“正しいものを選ぼうとする眼差し”。

それはレオが生きていた頃と同じだった。


青年となったレオンが、

静かにカルミネへ声をかける。


「……父のそばに、あなたがいたんですね」


カルミネはゆっくりと振り返り、

深い瞳でレオンを見た。


「気づいていたか」


「ええ……ずっと」


「そうか」


それ以上は何も続かない。

カルミネは墓に触れず、

ただ一歩だけ近づいて立ち止まった。


そこには何もいない。

記憶しかない。

だからこそ、語らない。


沈黙だけが、確かにそこにあった。


カルミネは一度だけ海へ視線を向け、

深い息をひとつ吸い、

レオンに目を戻した。


「――君の父と出会った頃の話を、しようか」


それは墓石に向けた言葉ではない。

長い間胸の奥にしまってきたレオに、

そして自分自身に向けた静かな誓いだった。


レオンは何も言わず、

ただその背中を見守っていた。


静かに、確かに、

記憶の扉が開いてゆく。


夜のクラブ。

煙と光と音の渦——

すべてが変わった、あの夜から。

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