第12話 山村での小休止 2

谷を渡る石橋の欄干にもたれ、下の急流を眺めている黒い影があった。

顔の下半分を布で覆い、頭から足元まで黒一色の装束に包まれたその姿は、山の街の明るい市場の中でかえって浮いて見える。

レオンが近づくと、こちらを向いて軽く手を上げた。

「珍しいね、山の街に寄るなんて」

「荷物か?」

「この街まで搬送を終えたところ。……ついでに情報収集もしてる」

カゲリは視線を谷の向こうに向けたまま、声を潜める。

「お前が届けた例のアーティファクトの密輸、送り主は粛正されたけど、背後がまだ怪しい。だから調べようと思って」

「頼まれたのか?」

「たぶんね」カゲリは肩をすくめ、軽く流す。


フィオナが眉をひそめて小声で「……なにあれ? あんな格好の人、初めて見たんだけど」と呟く。

ルゥが尻尾を揺らしながら、さらりと答える。

「忍者だよ。異国の諜報員だって。……全身黒だから逆に目立つよね」

「諜報員ってもっと隠れるもんじゃないの?」フィオナが半信半疑の顔をする。


その会話を耳にしたカゲリが、ゆっくりと視線を向ける。

年齢も性別も分からない、涼やかな瞳が一瞬だけ笑ったように見えた。

「服が目立てば、顔は覚えられないからね」

低すぎず高すぎず、どこか中性的な声がさらりとその言葉を置き、また谷の向こうへ視線を戻した。


その時、市場の奥から、短剣を腰に下げた女が一直線に歩いてきた。

背筋はまっすぐに伸び、凛とした立ち姿が人混みの中でも際立つ。しなやかな肢体は動きに無駄がなく、鮮やかな赤の上着が彼女の整った顔立ちと鋭い眼差しをさらに引き立てていた。


「レオン! この辺りまで来てると聞いていたから探してたんだ」

フィオナが目を丸くして、「えっ、知り合い?誰?」と首を傾げる。

レオンは小さな声で「粛正部隊のやつだ……シェラ・ナイトフォール」とだけ答える。

その口調は淡々としているが、視線の端にわずかな諦めが滲む。

まるで“また来たか”とでも言いたげな、慣れたような間合いの取り方。

シェラは当然のように距離を詰め、立ち位置をレオンの正面に固定する。

その自然さが、彼女がこうして話しかけてくるのが珍しくないことを物語っていた。


シェラはカゲリを一瞥し、

「あっ、カゲリ。隊長のガルドからの伝言だ。例のアーティファクトの出元の調査だ。大きな組織が絡んでいる可能性があると」

「そっちが任務でしょ?」

カゲリは笑いながら答え、「ほらね?」とレオンに目配せした。

レオンは「やっぱりまだ頼まれてなかったか」と諦めたように息を吐く。


フィオナは「ガルドさんってちゃんと隊長してたんだ……」と呟く。

ルゥは首をかしげて、「信じてなかったの? フィオナって失礼だね〜」と、子どもらしい声でからかうように突っ込んだ。


「それよりもレオン、今日ここに泊まるのか? 飯でも一緒に食おう!」

「遠慮する。俺は——」

「ほら、断る前に聞いて。ここの山菜料理、絶品なんだって。案内するから」

「……いや、別に食べたいわけじゃ」

「じゃあ決まり。はい、行くよ」

「……勝手に決めるな」

「どうせ一人で食べるより楽しいでしょ?」

 レオンは短く息を吐き、肩を落とした。

「……わかったよ。行けばいいんだろ」

「そうそう、その調子」シェラは満足げに笑い、レオンの横に並んだ。


その様子を見ていたフィオナが、ルゥに小声で囁く。 「……あれ、絶対レオンのこと好きだよね」 ルゥは嫌そうに顔をしかめ、「ボクは別に…でもあの人、レオンに近づきすぎ。なんかイヤ」と幼い口調で不満を漏らした。

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