第九帖 翡翠「女こそが夜伽を愉しむ」

「しかし、およろしいのですか……

 かようにも男女の悦びを感じたいのであれば、一夫一妻の妻になられた方がよろしかったのでは……」

「ふふっ、衣をお脱ぎになりながら仰ることではございませんね?」

「あっ……

 仰るとおりで御座いますね、お恥ずかしい……」

「ふふっ、たしかに回数も気にはなりますが、妃が四名ならば、灰廉様という名実ともに蛇紋国いちの殿方のお相手ができる方が、またとない魅惑的な話だと踏みましたので。

 いえ、わたくしの魅力と、なんとしても御子を授かることで、これ以上の増員は止めて見せますわ」

「なんとも頼もしく、喜ばしいお言葉ですね」


灰廉様がうちきをお脱ぎになる仕草の、背筋が伸び、指先にまで芯が通っており、優美なこと

……そして、ああ……

なんと隙のない肉体なのでしょう……

思わず、はっと息を呑みました。


「そんなにも、こちらが眼差しの強さに照れてしまうほどに積極的な女人は、はじめてでございます」

「なるほど、他の方々はまず灰廉様の眼差しに恥ずかしさを覚えてしまうのですね。

 けれど、女が素敵な殿方との営みを一時もあまさず目に焼き付け、愉しみ尽くそうとして、何がいけないというのでしょう。

 懐妊、出産、やや子(赤ちゃん)育ては大変と、経験者の誰もが申すのですから、今のうちに、その大変さも納得できるほどに、めいっぱい愉しんでおくべきでしょう?」

「まったくその通りでございますね。

 世の母君たちの御心労には、頭が下がります」

「とはいえ、灰廉様だって御子を成さねば、という重圧が生半可ではありますまい。

 なればこそ、わたくしと交わるときは、互いに何もかもを忘れて愉しみ尽くしましょう」

わたくしと灰廉様は、互いの相手と違う部分に優しく触れ合い、感触を楽しみ合い、互いを求め合いながら

……熱い夜を過ごしました。



わたくし灰廉は、ついつい情欲に流されてしまった後ろめたさもあり、しばらくは瑠璃君の冷たい視線と、紅玉君の切なさを讃えた視線が痛くて仕方がありませんでした

(珊瑚君は真に割り切っているのか、全くお気にかけていらっしゃらないようで、それはそれで一抹の寂しさを覚えましたが)。

しかし、翡翠君は持ち前の明るさと薬湯の知識、そして齢も経験も一番の若輩者なので皆さんに学ばせていただきます、という姿勢で、周囲の心身を温めてほころばせ、すぐに認められていきました。



妃を迎えるようになってから一月。

満礬まんがん呉服店から、妃達のために発注していた、公の場で使用する装束が届きました

……という話題だけで色めき立つ彼女たちは、実に可愛らしい、存在するだけで華やかだ、と灰廉は思いました。

きっちりと寸法を測るような文明はないので、瑠璃君は平均身長、紅玉君と珊瑚君はやや高め、翡翠君は低め、という、ざっくりとした発注。

ずれが大きいと直しが必要なので、妃達には試着をしていただくことに。


「おっ……!

 皆さんお並びになると、壮観ですね……!」

瑠璃君は、瑠璃色の生地に海星ひとでや貝があしらわれた装束。

紅玉君は、紅色に玉のような純白の芍薬しゃくやく

珊瑚君は、珊瑚色に白、紫、橙色の菊。

翡翠君は、翡翠色に桜とうぐいす

「まさに後宮に花が咲いたかのようです」

「そ、そんな……」

照れ臭そうに、けれどこのような豪奢な着物を着ることのできる自身への誇りを感じ取っている彼女達を眺め、こちらも男としての自信が湧いてくるようだ、と、幸福の味をじんわりと噛み締めていると……



「いやあ、皆さんそれぞれにお美しい」

父上がこちらへおはしました。

「金剛帝様、このような豪華絢爛ごうかけんらんな装束を、ありがとうございます」

妃達が礼を口にすると、

「い、いやあ、皆様いきなり灰廉と婚姻なされて、ご実家からの準備も充分にできなかった訳ですから、こちらでこれぐらいは

 ……ええと、この装束の華やかに免じて

 ……お許しいただきたい話がございますのですが……」

父上は帝らしからぬ低姿勢な物言いになられました。


「満礬呉服店は蛇紋国一の呉服店で、皇家とは代々の付き合いでして

 ……そちらの齢二十二のご令嬢、黒曜こくよう君との縁談が持ち上がったのです……」


「父上!」

憤りが全身を貫きました。

「すぐには御子に恵まれずとも、一年間は妃はこの四名で、と固く御約束なされたではないですか!

 御断り申し上げてくださいまし!」

「し、しかし……

 わたくしも気になっていたのだよ、四名は美貌、人心、才覚ともに素晴らしいけれど、由緒正しきお家柄にいまひとつ欠けると……

 それに、黒曜君は既にお輿入こしいれのお支度をなさり、屋敷の前に牛車で乗り付けているのだ」

「御断りがしにくい既成事実をお作りになった、というわけでございますね!

 そんなことでわたくしが屈するとでもお考えになりましたか!

 父上にその気がないのならば、わたくし自身が御断り申し上げます!」

「そ、そのような先方に恥をかかせるようなことを……」

「父上がわたくしを侮って約束を違え、そこまで勝手にお話を進めたからそうなるのでしょう!」

「灰廉様……!」

四人の妃は敬愛に満ちた瞳でわたくしを見上げました。

男としての心地の良さに、全身が震え

……なんとしてもこの眼差しを裏切ってはならない、と肌で感じました。

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