ステータス【要改善】
前世、俺こと佐藤健一は三十代にして健康診断のあらゆる項目で「要再検査」の烙印を押された、不健康の権化のようなシステムエンジニアだった。そんな俺が過労死した先で転生したのは、剣と魔法のファンタジー世界。病弱な村の少年「ケンイチ」として、二度目の生を受けた。
この世界にも、お約束の「ステータス」は存在した。しかし、俺が初めてそれを目にした時の絶望は、筆舌に尽くしがたい。
「ステータス、オープン」
目の前に浮かんだ半透明のウィンドウ。そこにあったのは、VITやAGIといった見慣れた文字列ではなく、前世で俺を苦しめ続けた忌まわしき単語の羅列。転生したばかりの子供の身体には到底ありえない、前世の不摂生を色濃く引き継いだ絶望的な数値だった。
【ケンイチ・サトウ】 年齢:10歳
【総合判定:C-(不健康)】
▼詳細ステータス
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[循環器系]
血圧 :149/95 【B -】
[肝機能]
AST(GOT) :38 U/L 【C】
ALT(GPT) :51 U/L 【C】
γ-GTP :82 U/L 【D - 要注意】
[代謝系]
LDLコレステロール :130 mg/dl 【C】
中性脂肪 :160 mg/dl 【D - 要経過観察】
尿酸値 :7.4 mg/dl 【C】
[その他]
骨密度 :【B】
ストレスレベル :【C】
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ステータスなのは間違いじゃないけど、健康診断結果じゃねーか!!
だが、こうして常にチェックできるとなると中々どうして、気になってしまう。そしてちょっとした行動で数字が改善されることがクセになり、すぐに俺はステータスの改善に勤しむようになってしまった。
そこから五年。俺は立派な健康オタクになっていた。
毎朝、日の出と共に起床し白湯を一杯。村の周りを走り込み、汗を流す。食事は自分で育てた有機野菜と森で採った果実やナッツが中心だが、脂質やタンパク質だって忘れない。食は健康の第一歩、バランスが大事なのだ。昼にたっぷりと運動しているため、夜は月が上る頃には熟睡する。
その結果が、このオールAのステータスだ。もはや、この数値を見ながら自家製スムージーを飲むのが日課であり、至福の時だった。村人からはいつしか「健康師匠」と呼ばれ、腰痛に効くストレッチや二日酔いに効く薬草茶などを教えては感謝される、穏やかな日々。これ以上は望むべくもなかった。
その平穏が破られたのは、ある日のことだった。
「魔王軍が国境に迫っている!」
王都からの伝令が、のどかな村に緊張を走らせた。なんでも、魔族たちは不気味な瘴気を振りまき、それに触れた騎士たちは次々と体調を崩し、戦線を維持できないのだという。
「瘴気……? いや、まてよ」
騎士たちが受けたという呪いの症状――激しい倦怠感、肌荒れ、集中力の低下、関節の痛み。
俺の脳裏に前世の記憶が警鐘を鳴らす。これは、呪いなどではない。極度のビタミン不足、ミネラル欠乏、そして劣悪な環境による複合的な体調不良だ。
俺は自作の栄養満点な干し肉と薬草茶をリュックに詰め込み、義勇兵として前線に向かうことを決意した。俺の健康知識が、この世界を救うかもしれない。
前線は想像以上に悲惨な状況だった。
対峙した魔族たちは鎧兜こそいかめしいものの、その素顔は悲壮感に満ちていた。土気色の肌、目の下にはどす黒いクマがこびりつき、呼吸は浅く荒い。時折、苦しそうに膝や腰をさすっている者までいる。
「間違いない。こいつら、超絶不健康だ……!」
じっくりと彼らの症状を観察しているところに、魔族の部隊長らしき男が錆びついた大剣を振りかざして突進してきた。しかし、その動きは驚くほど鈍重で軌道はブレブレ。俺は最小限の動きでそれをひらりとかわす。
「ハァ…ハァ…なぜだ…なぜ当たらん!」
「話を聞こう。なぜこんなことをする?」
俺は剣を鞘に納め、仁王立ちで問いかけた。
部隊長は膝に手をつき、肩で息をしながら叫んだ。
「我ら魔族は……瘴気に汚染された不毛の大地で生きている。昼には陽の光も届かず、育つのは毒キノコばかり……。このままでは、我らは病で滅びる! 貴様らのその豊かな土地と、太陽さえ手に入れれば……我らも生きていけるのだ!」
やはりか。彼らが求めているのは、土地ではなく、健康そのものだった。
俺はまっすぐに部隊長を見据え、宣言した。
「勘違いするな。土地よりもまず、お前たちの生活習慣が問題なのだ」
「な、なんだと……?」
「いいだろう。俺がお前たちを、内側から変えてやる。その代わり、この国への侵攻をやめろ。俺と健康になる約束をしろ!」
俺のあまりに突飛な提案に、人間も魔族も、誰もが唖然としていた。
それから、奇妙なマンツーマン指導が始まった。
「いいか! まずその瘴気まみれの干し肉を捨てろ! これは俺が作ったビタミン豊富な鹿のジャーキーだ!」
「早朝、陽が差している時にしっかり日光を浴びろ! 体内でビタミンDが生成される! 鬱々とした気分も晴れるぞ!」
「これが『味噌』だ! 発酵食品は腸内環境を整え、免疫力を劇的に改善させる!」
最初は半信半疑だった魔族たちも俺が作る温かく栄養満点な食事に、次第に心を解きほぐしていった。
「次、運動だ! ラジオ体操第一、いくぞ! 腕を前から上にあげて、大きく背伸びの運動ー!」
「腹式呼吸を意識しろ! 副交感神経が優位になり、ストレスが緩和される!」
「夜更かしはホルモンバランスの敵だ! 日光浴のためにも22時には寝ろ!」
俺の健康指導は、衣食住のすべてに及んだ。
数週間後。魔族たちは見違えるように変わっていた。
土気色だった肌には血色が戻り、ツヤが出始めた。どんよりと濁っていた瞳には、生命の輝きが宿っている。彼らのステータスをこっそり鑑定してみると、【総合判定:E - 要精密検査】だった数値が、軒並み【C - 経過観察】まで改善していた。
部隊長は朝日を浴びながら感動に打ち震えていた。
「なんだ、この身体の軽さは……! 心が、こんなにも晴れやかなのはいつぶりだろう……。我々が本当に求めていたのは、肥沃な大地ではなく、この充実感だったのかもしれない……」
この報せはすぐに魔王の耳にも届いた。魔王自身も長年の不摂生による痛風に悩まされていたらしく、俺の健康プログラムに多大な興味を示した。
こうして、人間と魔族の間には不可侵条約が結ばれた。その条約の第一条には、こう記されている。『朝食を抜かないこと』。こうして戦争は終わった。
王都に凱旋した俺は、「戦わずして魔王軍を退けた救国の英雄」として、国王の前に招かれた。
「英雄ケンイチよ。そなたの望むものを何でも与えよう。金か、地位か、それとも領地か」
玉座からの言葉に、俺は静かに首を振った。
「いえ、陛下。私は既に、望む以上のものを手に入れています」
国王が訝しむ中、俺は自分にしか見えないステータスウィンドウを開く。
そこに燦然と輝く【総合判定:S - 超健康優良個体】の文字。そして、もう一つ。
【称号:健康伝道師】
効果:世界の健康意識をわずかに向上させる
俺は、心からの笑みを浮かべた。
「世界中の人々、そして魔族までもが己の身体と向き合い、健やかに生きようと願う平和な世界。これこそが、私にとって最高の報酬です」
喧騒と栄誉を背に、俺は王宮を後にした。
さあ、家に帰って明日の朝食の仕込みをしよう。全世界の人間が、健康になれるように。
<完>
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