第9話

※A


しばらく日が経った、ある日のこと。

Aは、いつもみたいにちょっと遠回りをしながら、ゆっくりと家に帰っていた。


空の色が、午後になってから少しずつくすんできていたのは気づいてた。

けれど、それが雨になるなんて思ってもいなくて、Aはのんびりと歩いていた。


そんなときだった。


——ぽつん。


頬に、小さな雫が落ちた。


次の瞬間、空は何かがはじけたように泣き出して、

雨粒が勢いよく地面を叩きはじめる。


「……うそ」


傘は持っていなかった。

Aは慌てて鞄を頭にかざし、そのまま駆け出す。


でも——すぐに思った。

この雨じゃ、前に進めない。


足を止めて、まわりを見渡す。

でも、見えるのは荒れた空き地だけで、住宅街の気配なんてどこにもない。


このまま濡れるしかないのかな……。

そう思ったとき。


視界の隅に、何かの影が見えた。


——建物?


Aは、小さな希望にすがるように、そちらへと足を向けた。

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