真白の者ーMirageー

残る星

 真白の記憶には何もない。


 真白の身体には何もない。


 それは穢がれがないとも、無色透明とも言える。


 それはあらゆる色に染まらず、あらゆる色になれると言える。


 故に思い出す程に真白は消えて幻となる、己の存在意義を受け入れつつ。



ーー


 火の国サラマンカのフレイの街を後にし、エルクリッド達が次に向かうのは地の国ナーム南部ノヴェルカの森である。

 地理的に言えばフレイから北上し十二星召の一人カラードへ挑むのが近いものの、シリウスが別行動となる前にとエルクリッドがある事を話した事で目的地が変わった。


 エルクリッドは十二星召の半分に勝利し既に熒惑けいこくのリスナー・バエルへの挑戦にはあと一つ。シェダは十二星召三人と神獣のカードを二度獲得で星は五つ、出だしが遅かったリオは星二つを獲得している状況だ。

 これから向かうセレファルシアとの戦いを制すればエルクリッドはバエルに挑む事ができ、また五人以上で挑むという条件がある事からシェダ達にも星がつく点は有益である。


 だが問題もある。エルクリッドとシェダは星の数が増えた事で次の挑戦の為に戦う回数や、減らす為には強敵との戦いは避けられなくなる事だ。

 仕組みとしてより強き者を見出すという点では優れているものの、連戦に伴うカードの消耗とリスナー自身の休息やカードの補充といった点で足止めを食らってしまう。


 フレイの街からノヴェルカの森までの移動は炭鉱の街コハクにリープのスペルでまず寄り、十分予備のカードを用意してから戦いつつ南下するという経路を取った。

 道中のリスナーとの戦いは苦戦というものもなく、それが祟って未だ星の獲得に至ってないリスナーや数に開きのある相手に勝利しても挑戦権には足りず、森の入口についた時点でシェダとリオは獲得に至ったがエルクリッドだけは届かずどうするかを考え込む。


「うー……手っ取り早く強いやつー、っていないしおじさんとは星の差あるし……」


 しゃがみこんでうなだれながらエルクリッドがずぅんと重い影を落とし、その姿にはノヴァ達も呆れつつ致し方ないと思う。

 だが言い換えればエルクリッドはここまで宣言通りに十二星召全員撃破を目指し、その折返しまで到着している。有言実行できるだけの力を持つこと、そしてそれは紛れもなく彼女自身がこれまで培い研鑽してきたものが表れた結果なのは間違いないのだから。


 そんなエルクリッドの頭にコツンと小さな木の実が落ちて当たり、森の方から緑衣を着て厚みのある葉を咥えながら歩いてやってくる人物の気配に気づき振り向き、タラゼドが前に出て一礼し対話に臨む。


「お久しぶりですセレファルシア」


「挑戦権はあるのか?」


 単刀直入にセレファルシアが話を進め、立ち上がり気を引き締め直したエルクリッドが自分の参加証を見せ六つの星が輝く。それを見て条件は満たせども挑戦権はないのを察して舌打ちし、笑顔で誤魔化そうとするエルクリッドの額に指で弾いた木の実をぶつけた。


「エルクリッドが十二星召全員倒すとかぬかしてたってのは聞いてたが、挑みに来るなら規則を守れクソが」


「うぅ……でもここまでたくさん戦ったんですよ? それでも足りないから困ってて……あ、シェダのに参加って形なら」


「参加証持ってる奴は挑戦権持ってる事が参加条件だ阿呆、オレに挑むならとっとと挑戦権稼いで来い」


 情け無用にバッサリ切り捨てるといった態度にエルクリッドは項垂れ、苦笑しつつタラゼドらがその様子を見る中でシリウスが前へと進み、セレファルシアも気づいて目を向ける。


「てめぇが手紙に書いてあったシリウス、だな」


「いかにも。我が妹が世話になった事を聞き参上した次第だ」


 そうかと一言答えてからセレファルシアが踵を返しながら指を鳴らし、何処からともなく翡翠の髪を持つ少女ノヴェルカが姿を現しシリウスの顔を覗き込むように近づく。


「うん、間違いなくスバルのおにーさんだね。とりまあちきが案内するよ、その間にエルクリッドは挑戦権稼いできなよ」


「でも強い人ってそう簡単に……」


「すぐ近くに来てるリスナーがいるよ、とても強いリスナー。多分それでセレちゃんとやれるようになるから行ってきなよ、案内役つけとくから」


 大精霊故に領域内の事は手に取るようにわかるのか、ノヴェルカは強いリスナーの存在を感知しているようだった。エルクリッド達も遠くまで気を張るが感知はできず、その間にするすると木の上から下りてきたリスが足下にやって来てから何処かへと走り出し、案内役なのを示す。


 セレファルシアが森の中へと立ち去ってしまい、シリウスもノヴェルカが手をとって風のように走る彼女に連れられていき、エルクリッド達は判断に迷いつつもとりあえず行き先を決める。


「とりあえずあたしは戦ってきます! 皆はどうする?」


「僕はエルクさんの戦いを見たいです」


「同じく、つえーやつってのは気になるしな」


 エルクリッドにノヴァとシェダが同伴の意思を示すと、リオは首を軽く横に振って遠慮しタラゼドがその場を締めた。


「ではわたくしとリオさんはセレファルシアの所で待っています。ここらはノヴェルカ様の領域ですので戦闘後の治療に関してもしてくれる、とは思います」


「わかりました。それじゃ行ってきますね」


 タラゼドに一礼してエルクリッドはリスを追いかけノヴァとシェダもそれに続き、見送るリオは姿が見えなくなってからタラゼドと共に静かに森の方へと進んでいく。

 少し進むと佇んでいたセレファルシアの姿が見え、タラゼドと目が合うと何も言わずに奥へと進み始めいいのか? と歩きながら問いかける。


「あまり年長者が傍にいすぎてもよくはないですから。それにここにはあなたやノヴェルカ様もいますしね」


 そうか、と一言返すセレファルシアは何かを思っているようにも見えたが、あえて触れずにタラゼドとリオはそのまま歩き続けた。


 ノヴェルカが察した強いリスナーが誰なのかはわからないが、少なくとも悪意あるものではない事は間違いない。故に離れていても問題ないと、少しの寂しさがタラゼドの心に込み上げ、察したリオが大丈夫ですかと声をかけるとえぇと返し静かに微笑む。


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