トライアングル△トラッパーズ! 〜おにぎり×サンドイッチ×おでんこんにゃく!愛憎渦巻く前年比売上増のコンビニサッカー青春物語〜

雨蕗空何(あまぶき・くうか)

トライアングル△トラッパーズ! 〜おにぎり×サンドイッチ×おでんこんにゃく!愛憎渦巻く前年比売上増のコンビニサッカー青春物語〜

 厳しい寒さが続く、とある日のこと。

 コンビニの一角、明太子のおにぎりは米粒を飛ばしながら詰め寄った。


「なんでだよ!? なんでだよこんにゃく……! なんでもう、俺たちとサッカーできねーんだよ!? 一緒に全国コンビニサッカー甲子園オリンピック目指そうって、俺言ったじゃねーか!?」


 棚の上から、菓子パンやプライベートブランドポテトチップが、その様子をうかがう。

 おにぎりに詰め寄られ、壁際にいるのは、おでんのこんにゃく。

 整った直角三角形のシルエットと、味がよく染みるように刻まれた格子状の隠し包丁がりりしい。

 そんなこんにゃくは、おにぎりの米粒をよけるでもなくそのまま受けながら、おだやかに返した。


「仕方ないんだよ、おにぎりくん。僕は期間限定の商品だ。もうじきおでんの什器が撤去されて、僕たちのいたスペースはおはぎくんや桜餅さんが使うことになる」


「なんだよそれ……! ふざけんなよ!」


 おにぎりは体ごとぶつかって、こんにゃくをボインと壁に押しつけた。

 こんにゃくは抵抗しない。ただその弾力あるボディで、おにぎりを受け止めるだけ。


 この弾力こそ、こんにゃくがこのコンビニのコンビニサッカーチームにおいて強力無比なるフォワードを担ってきた秘訣である。

 こんにゃくはそのハリのある弾力性、そして格子状に入れられた隠し包丁がもたらすグリップ力によって、並の商品では受け止めきれない極めて難しいパス回しでも華麗に受け止めシュートを決める、トラップの申し子なのであった。

 そしてその身にボールを受けると、衝撃で隠し包丁の間からおでんの出汁が舞い散り、その香りが観客の食欲を刺激して、コンビニの売上を跳ね上げるのである。

 事実、彼がコンビニサッカーを初めて以降、このコンビニの売上は前年比五〇〇%に上昇する大躍進を遂げている。


 その抜群のトラップ力で、こんにゃくはおにぎりの体当たりを受け止め切った。

 そしてそっとおにぎりを引きはがして、ささやくようにたしなめた。


「よすんだ、おにぎりくん。こんなに強くぶつかったら、きみの方がもたないだろう。ほら、出汁が染みちゃって、ごはんがドロドロになっちゃってる」


「知るかよ、そんなこと……! なあこんにゃんく、俺たちともっとサッカー、続けてくれよ……!」


 おにぎりは出汁に濡れるのもかまわず、またこんにゃくの体に上の角を押しつけて、崩れた体からぽろぽろと大粒の明太子をこぼした。

 こんにゃくは黙って、ただその明太子を飾り包丁の溝で受け止めた。


「――おいコラ、おにぎり。なっさけねぇツラしてんじゃねぇよ」


 不意に声がかかって、おにぎりは振り向いた。

 そこにいたのは、おにぎり、こんにゃくに並んで、このコンビニのサッカーチームでフォワードを務める三本柱の一柱、ハムのサンドイッチであった。


「去ってくヤツをピーピーピーピーわめくんじゃねえよ、弱虫が。そいつ一人がいなくなったところで、てめぇと俺様っていう立派なツートップがいることに変わりはねぇ」


「うん、そうだね。サンドイッチくんとおにぎりくんがいれば、このチームは安泰だよ」


 そうこんにゃくが穏やかな声で言うと、サンドイッチはカッと逆上した。


「てめぇがのうのうとぬかすんじゃねぇよ!! 去ってくヤツが気楽にヘラヘラしやがって!!」


「別に、気楽なつもりはないよ」


 こんにゃくはおにぎりの横をすり抜けて、サンドイッチの横に立って、笑って言った。


「きみは僕の前年比売上増を超えられるだろう? その実力があるだろうって思ってるし、だからこそもう試合に出られないことがくやしいんだ」


 そしてサンドイッチとの距離をすっと詰めて、低い声でささやいた。


「おにぎりくんの隣にも、きみは立ち続けられるんだろうしね」


 その声のトーンにどきりとして、サンドイッチは振り返った。

 こんにゃくはもう、いつものようなぷるぷるとしたやわらかな物腰でたたずんでいた。


「きみたちとサッカーできたこと、本当によかったと思ってるよ。これだけ熱い気持ちをぶつけてもらったのは、素直にうれしいしね」


 明太子の粒がはさまった飾り包丁を、こんにゃくは見せつけるようにして、胸を張った。

 そしておにぎりとサンドイッチが立ちつくして見つめる中、自動ドアをくぐって、退店した。

 入退店を知らせるジングルが鳴り、冷たい冬の風が、店内に吹き込んだ。




 春の訪れは遅かった。

 暦の上では完全に春になり、おでんの什器もとっくに撤去されたというのに、屋外の空気は寒々しく、水場には薄く氷すら張っていた。

 まるでこんにゃくの離脱以降――いや、本当はずっと前から。こんにゃくがサッカーチームに入ってから、ずっとぎくしゃくしていた、おにぎりとサンドイッチの関係性のようだった。


「――おにぎりっち、頼む!」


「任せろ!」


 全国コンビニサッカー甲子園オリンピック、地方大会一回戦。

 観客たちが見守る中、味方からのパスを受けて、おにぎりは華麗なドリブルで前線を押し上げる。

 歓声と応援。おにぎりは背負う。

 おにぎりの持ち味は万能性だ。単独でプレーを完結してもよし。他の商品と連携させてもよし。状況に応じて主役にも脇役にも回れる取り回しの良さが、おにぎりの武器だ。

 そして今回の相手は、単独で決めるにはきつい相手。味方と連携を取りたいところだが。


(くそっ……! いないのは分かってるのに、ついこんにゃくを探しちまう!)


 思えばこんにゃくが来てから、おにぎりはずいぶんと彼に頼ってきた。

 どんな無理難題なパスをしてもきっちり受け止めゴールを狙うこんにゃく。その姿を、今も追ってしまう。

 ボールの行き先に迷う。どう攻めればいい。誰にパスを回し、どう攻撃につなげれば――


「おにぎりィ!! こっちだァ!!」


 かけられた声に、はっとおにぎりは視線を上げた。

 いないはずの姿。敵陣に走り込もうとする、特徴的な直角三角形のシルエット。

 こんにゃくの形によく似たそれは、サンドイッチのシルエットだ。

 そう理解するより先に、おにぎりはパスを繰り出していた。


(しまっ――!)


 強すぎるパス。弾道の圧力に空気がひずむ。

 こんにゃくなら受けられるだろうその暴力的な球の軌跡は、並の商品なら取りこぼすか、最悪その体を引きちぎりかねない。

 そんな殺人的パスに、サンドイッチは飛びついた。


「うおおおおーッ!!」


 受ける。トラップする。食パンのど真ん中。

 やわらかな白い肌が大きくたわみ、ボールの威力と回転力にえぐられてパンくずを散らす。

 悲鳴を上げるおにぎりに対し、サンドイッチは雄叫びを上げて食いしばった。


(こんにゃくだけのものにさせるかよ……! 俺様だって、おにぎりのパスを、受けてみせんだよ……!)


 食パンが引き裂け、中のハムがあらわになった。

 肉々しいピンク色の、食欲をあおる薄切りハムの層。

 ボールはそのハムすらも貫通しようとする。貫通しない。ハムは耐えている。

 おにぎりはハッと気づいた。


「サンドイッチ……!? 今日はなんだか、いつもより、ハムの層が分厚い!? まさか!!」


 同時にベンチ。マネージャーとして入っていたプライベートブランドポテトチップが、商品管理端末で情報を確認して理解した。


「この日のために合わせてきたんだわ……! 今日のサンドイッチくんは、『期間限定ハム増量中』!! いつもより、ハムが多い!!」


 そして商品管理端末が、けたたましいアラートを響かせた。

 その内容を確認して、プライベートブランドポテトチップは驚愕の声を上げた。


「まさかっ、コンビニの前年比売上が急上昇しているわ!? 一五〇……二〇〇……五〇〇……もっと!

 サンドイッチくん、今の彼の前年比売上増は、三〇〇〇%!!」


「うおおおおおおォォォォォーッ!!」


 サンドイッチはボールの軌道をねじ曲げた。

 自身の体を貫こうとする威力。それを幾重にも重なるハムの弾力で、ゴールに向けた。

 みちみちと張りつめるハム。その肉感に、観客たちの胃袋と唾液腺が刺激される。

 そして発射されたシュートは、ディフェンダーとゴールキーパーをやすやすとかいくぐり、一直線にゴールネットに突き刺さった。


「うおおおおおおーッ!!」


 ゴール。

 観客が、チームが、スタジアムがわき立った。

 その興奮の勢いのまま、おにぎりはサンドイッチに飛びついた。

 サンドイッチはまっすぐにぶつかってきたおにぎりの姿と感触にどきりとして、けれどその心情は態度には出さずに、ただ黙って、破れた食パンでおにぎりの米粒を抱き返した。

 スタジアムの熱気と急激な前年比売上増により、スタジアム周囲の気温は二十度上昇し、吹いた熱風が水たまりに張っていた薄い氷を、ぱきりと割った。




 スタジアムからコンビニへの帰り道。おにぎりとサンドイッチは、並んで歩く。

 夕日があたりを照らして、おにぎりの米粒も、サンドイッチの食パンも、赤く染まっていた。


「……今日、ありがとな、サンドイッチ。おまえが俺のパスを受けてくれたから、あの試合、勝てたんだ」


「別に、礼を言われる筋合いはねぇよ。俺様は俺様の役目を果たしただけだ」


 サンドイッチはつっけんどんだ。

 けれど付き合いの長いおにぎりには、サンドイッチの機嫌は悪くないと感じられた。


「……ずっとさ。俺の隣には、サンドイッチがいてくれたんだよな。コンビニの主力商品として、隣同士の棚に並んで、サッカーチームのツートップとして張り合って」


「今さらどうしたんだよ。こんにゃくが来てからそっちにばっかりパス回しやがって」


「ごめんって」


 おにぎりは謝ったが、サンドイッチはむしろ、神妙な雰囲気をしている。


「……いや、そもそも俺様が、こんにゃくほどのトラップ力を発揮できなかったのが悪いんだ。期間限定のハム増量に頼らず、これからずっとあのパフォーマンスと前年比売上増を出せるよう、商品開発を続けねぇといけねぇんだ」


「サンドイッチ……」


 おにぎりはサンドイッチを見つめた。

 おにぎりよりも背の高いサンドイッチの体が、思いつめて垂れ下がるように曲がっている。

 その姿を見て、おにぎりは何か声をかけようか迷って、けれど思い直して、曲がった体にのしかかるようにぶつかった。


「どわっ、なにすんだよおにぎり!?」


「らしくねーな、サンドイッチ! いつも通り、もっと強気でオラオラしてろよ! そういうキャラだろおまえ!」


「うっせぇ! 俺様を知ったつもりになってんじゃねぇぞ生意気が!」


「知ってるつもりだよ!」


 わいわいと、二人は騒ぎながら、帰路に着く。

 夕日を背中に浴びて、歩き続ける。


 そのとき不意に、空気が変わった。


「……っ!?」


 ぞわりと、おにぎりの海苔やサンドイッチのパンくずが逆立った。

 強い闘気。高い前年比売上増を持つ商品特有の。

 背後からそれを感じ、振り向いたおにぎりとサンドイッチに対し、それは穏やかに声をかけてきた。


「ごきげんよう、サンドイッチさん。そして『お父さん』。私は隣町のコンビニに新入荷しました、フィッシュフライバーガーと申します」


「おとう……!?」


 耳慣れない呼びかけに、おにぎりは困惑した。

 見知らぬ相手。夕陽を背負う、知らない商品。

 けれど高い前年比売上増を感じさせながらもやわらかな物腰のフィッシュフライバーガーの姿、そのフライの美しい直角三角形の形状を見て、おにぎりは気づいた。


「その形……!? こんにゃくと、何か関係があるのか!?」


「関係があるも何も、こんにゃくは私の『もう一人の父』ですよ」


「もう一人の……」


 おにぎりの横で、サンドイッチが気づいた。


「そういうことかよ……! あの日、おにぎりがこんにゃくの体に残した……!」


「ご明察です」


 フィッシュフライバーガーは鷹揚に語る。


「お父さん。あなたがこんにゃくの体に残した明太子、それが飾り包丁の隙間で孵化し、成長して立派なタラになったものが、私の中にはさんであるこのフライなのです」


「あのときの俺の明太子!?」


 おにぎりは驚愕して、続く言葉が出なかった。

 おにぎりの視線の外で、サンドイッチは暗く毒づいた。


「あの野郎……」


 緊迫する二商品とは対照的に、フィッシュフライバーガーは悠々と体を揺らした。


「私の所属するサッカーチームは、順当に行けば地区予選準決勝であなたたちと当たりますが……先に宣言しておきます」


 悠々とした態度のまま、フィッシュフライバーガーは告げた。


「私の前年比売上増は、五三〇〇〇%です」


「ごまんさんぜん……!?」


 おにぎりもサンドイッチも、その数字と、それが嘘ではないと感じさせるフィッシュフライバーガーのオーラにたじろいだ。

 フィッシュフライバーガーはふっと笑って、ゆったりと背を向けた。


「対戦するのを楽しみにしていますよ。そこまでちゃんと勝ち上がれればですが」


 夕日の方向へ、フィッシュフライバーガーは歩を進めて、去っていった。


 おにぎりもサンドイッチも、ぼうぜんと立ち尽くしていた。

 やがておにぎりが、ぽつりと声を発した。


「やべえな」


 サンドイッチは瞬間、カッとなってつかみかかろうとした。怖気づいているのかと。

 けれどおにぎりの姿を見て、その米粒の一粒一粒にいたるまでがきらきらと輝いているのを見て、違ったのだと悟った。


「やべえな、サンドイッチ。大会を勝ち進んでったら、ああいうのともサッカーできるんだな」


 おにぎりは体の向きを変えて、サンドイッチにまっすぐ向き直って、言った。


「やべえな」


 サンドイッチはふっと笑った。

 そして彼が普段から見せるような勝気な態度で、おにぎりを小突いた。


「ああ、やべえよ。勝ち進もうぜ。俺様とてめぇ、二人で並んでな」


「ああ」


 全国コンビニサッカー甲子園オリンピック。

 大会は、まだ始まったばかり。

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