第5話 台パンしたらねぇ!こっちの手も痛いのよ!!
「それじゃ夜風、またね~。今日は早く寝るんだよ~」
「里美もね~、また~」
私は里美を家まで送り届け、そしてそのまま帰路に着こうとした。明日は土曜日だ。たったそれだけでも浮足立つ。すれ違う人の顔も正にソレだった。なんだか嬉しくなり私は空を見た。辺りはすっかり夕焼けの空になり、今にも夜がスタートする気配を漂わせていた。
「お~快適快適~♪」
自転車を漕ぎながら目の中に変なメイドが居ない100%の視界が妙に懐かしく心地良い。
「そうなんだよな~常にああいうのが目に入ると、なんて言うか、見張られてる?みたいな…ははは」
と独り言を呟きながら夜に差し掛かった道を自転車で進む。勿論ライトは点灯させている!危険だからね!…までは良かったと私はそこから自転車を停めることになる。
場所は家まで20mの地点。
何故そんなところで止まったか?それは
今自分の目の前に見える自宅に文明の明かり以外の温かい光が見える。
「え!…」
無意識に口から驚きの声が漏れる。が、それは一瞬、その明かりに何故か懐かしさを感じてしまった。次の瞬間、明かりは消え、そしていつもの自宅の姿を見せていた。自転車に跨ったままの状態でぼんやりしてしまった。
(あれは何だったんだろう?なんだかとても温かい…知らないのに、だれでも知ってる温かい何かのような…)
と色々頭の中でぐるぐるさせてみたけれど答えは帰ってこない。
「ホントなんだったんだろう?あれかな?セントエルモの火とか?」
と意味も知らずに夢見がちな単語だけを知っている私らしい言葉が口から漏れる。
「それは天候悪化の良くない兆しよ?」
それはいきなり何処からか聞こえた声。上だったか下だったかそれとも左右か?所在の分からない音声に私は辺りを見渡したが、猫の子一匹見当たらない。
「誰の声だよーーーーー!うおおおおおおおお!!!」
といよいよ気持が悪くなり、大声で叫びながら残り20mを猛ダッシュで自宅に向かった。
キキキ!(ドリフト) バン!!(飛び降りつつ自転車スタンドを立てる)
ドドドドドド!!!(流石の陸上部の脚力)
バン!(玄関ドアを思いっきり開けつつ…
「ただいま――――!!!」
私は急いで玄関を開き中に入る。ここなら安全かも!?と思いつつやっと息をすることが出来た。だがまだだ!安心できない!!このままの勢いで自室に上がる!
ダダダダダダダダダダ!ダン!!
「無事私の安全地帯に到着!!」
と全速力で自室に逃げ帰った私を待っていたのは、視界の右上にするすると降りてきては
「おかえりなさいお嬢様」
と頭を下げているあの小さなメイドだった!勿論声など聞こえないが行動がそれだ!
「われ!生きとったんかい!?」
脊髄反射の勢いで任侠漫画の読み過ぎのようなセリフが口から飛び出した。しかし、相変わらずのそのメイドはその態勢を維持しつつ視界の右上に固定されていた。まるで私を監視するように。
「…マジで気持悪いんですけど?」
と愚痴がこぼれるのだが…次の瞬間そのメイドは兄の部屋側を向いて一礼をした。そして再びこちらを向き「ご命令がありましたらどうぞ」的に立っている。私はその意味の分からない行動に首を傾かしげたけれど、メイドは何も反応がなかった。
(ん?お兄ちゃんの部屋の方に向いて一礼???何のことだろう???)
段々このメイドの奇行には何かあるのかなと思うようになっていた。放課後の保健室の時もそうだった。メイドの示した文字をホワイトボードに書いた時…いやいや怖いからそこは置いておいて、その後直ぐに里美は意識を取り戻した。
私の悪いところは好奇心に勝てないところだ。先程のメイドの行動がやはり気になり、隣の部屋に何かあるのではとこっそり壁に耳を当てた。「いや、悪いとは思ってるよ?ホント思ってるよ??」と心で謝りつつ。
「…じゃあ皆のご飯を仕上げてくるよ」
何気ない普段の兄の声が聞こえてきた。私は少しがっかりした。
(どうやら電話でもしていたのかな?ご飯の用意で電話を切ったタイミングでしょ)
などと結論付けた。直ぐに私の部屋のドア越しに
「おい夜風!飯はもう準備済んでるから、ばあちゃんがお隣さんから帰ってきたら飯にするぞ?」
と兄の裕也が私に伝えてきた。ああやっぱりそうか~などと思いながら
「おっけー!」
と返事した。そして目の中のメイドを見ながら「私の家族に挨拶してたのアンタ?」と呟くも、メイドに反応はなかった。最早イライラよりも諦めの境地に達した私は
「あ~…もういいわよ。居ついていいから私の役に立ってよね!」
とあきれ顔で届く筈もない言葉をメイドに投げかけた。
…のが間違いの始まりだった。
急に目の中のメイドはビシっと立ち、親指を立てて、満面の笑みで「まっかせてくださいお嬢様!!」と言ったように思えた!
「うわキモ!!!」
と素直な言葉が口からもれる女子中学生の私。自身の都合の良い言葉だけに反応する幻覚をキモイと思うのは当然だよね!と自己肯定もした。だが視界の隅にはキラキラ笑顔でサムズアップのメイドにはダメージはないらしい。実にキモイ。
グーー…
などと自分の幻覚に文句を言っていても「さっさと兄の料理を食わせろ」とお腹が要求してきた。私は「本能には勝てないなあ~」と呟きながらため息を一つつき、一階へと降りた。
その時メイドが再び兄の部屋側に向かって一礼をしたのだが、考える気力も起きなかった。
・・・・・・・・・・・・・・
「ところでどうだいばあちゃん?このニンジンのソテーは浩一郎こういちろうのレシピにしてみたんだよ。ちょっと味が濃いか?」
兄は新しいレシピをコウ兄ちゃんに教わったらしく試してみたらしい。コウ兄ちゃん(山田浩一郎)の家は居酒屋さんだからお酒のツマミのレシピなのだろう。祖母には味が濃いのでは?と心配していた。
「あたしにはちょっと濃いけど、どうだい夜風?」と祖母が私に振る。
「凄く美味しい!これは大当たりだよお兄ちゃん!きっとお父さんもお母さんもお酒のツマミに最高だとおもうよ!」いつも通り高速で箸を動かしながら飲み込むように食べている私だった。
ガツガツガツガツ(訳:やーーーこれほんんっと美味しい!流石コウ兄ちゃん!いやいやお兄ちゃんも上手いよ?うん。あ、食べないのそれ?じゃあ私が食べるね?食べるよ??)
「って父さんと母さんのが!」と悲鳴を上げる兄だが、お構いなしだ!今帰ってきていないのが悪い!と私は咀嚼音で返事を返す。
「…ばあちゃん、ニンジンの在庫ある?」
ほぼ一人で食べてしまっている私に兄は頭を抱えながら祖母に聞いた。
祖母も呆れながら「あるよあと5本ぐらい。だがねぇ夜風、あんた皆の分は残す位の配慮をなさいな!」と一喝してきたので「えへへ、だって美味しかったもん!」と言った。その言葉に兄はやれやれと言いながらも照れくさそうにしていた。でも祖母はちょっとキレてました…
「もう食べられない~(【もうちょっと食べたかった】の意)」
私はリビングのソファーで横になりながら台所の方を見ると、兄と祖母が私が食べてしまった両親の分をいそいそと作っていた。
(しっかし、私も分かってるんだけど、いつもの1.25倍は食べてるとおもうのよね。陸上部とはいえ、それ以上に疲れるっていうか…)
思案しながら視界のメイドを見る。原因はコイツだと直感で分かる、けれども誰にも相談はできない。イライラが積もり私はメイドのいる虚空に向かってパンチを投げた!勿論ヒットせずに空を切る。
「は~何やってんだろ私…」
呟いてもメイドは何の反応もなかった。無性に腹が立った!!
私はカッとなり
「ソイヤ!!!」
バチーーーーーン!
思いっきり自分の右頬を叩いた!
「おぼろ!!」
変な声が出た!私は14のダメージを受けた!!
兄と祖母が何事か!?と台所からこちらを見たので
「あ、ああごめん…顔に虫が、そう!虫が止まって!反射的にやっちゃった!あはは」
と勢いで胡麻化した。「あんた女の子なんだからしおらしくしな!」と祖母に小言が飛んできたものの、なんとか切り抜けた。ヒリヒリする頬を撫でながら感情に任せた行動を反省した。
そして兄はキッチンから保冷剤を持ってきて
「明日顔が腫れるぞ…冷やしておけよ?」
と心配された。私は恥ずかしくて頭を掻きながら
「あははは~ありがとう~明日ね、明日冷やしておくよ~」
と変な事を言ってしまった。
その返答に兄は訝しそうな顔をしながら再びキッチンへと戻っていった。私は額の汗を拭きながら窮地を脱した気分になりつつ頬を撫でた。
(あぶないあぶない。おばあちゃんやお兄ちゃんに変な心配させるところだった…ん?)
よく見ると視界のメイドが…吹っ飛ばされている!右上から左上に!それも横たわりピクピクしている!!その絵面、実にキモイ!!
(こ、これは!!??筐体パンチ!?いわゆる台パン!!??って私はゲーセンのゲーム筐体じゃないわよ!!)
猛烈に自分に突っ込みつつ目の中の変化に驚いていた。
すると直ぐにメイドは立ち上がり、再び視界の右上に移動し、右頬を撫でていた。その行動に私は目を丸くしていた。メイドが撫でているのは『右頬』。つまり、私が自分で叩いた部分。つまり…
(つまり…私のダメージが、アンタに通ってる。…って事?)
と思ったのだが、メイドはまったく反応しない。それどころか撫でるのを止めている。
はは~~~ん…私の目はキラリン☆と光った!!ついでに口元もクイっと持ち上がる、つまりそれは勝機!!そこからの行動は早かった!
「…お兄ちゃん…明日ってのは今さ――――――!!そおおおおおいい!!!」
私は直ぐに左頬を抓み、引っ張る!!
「イヒャヒャ!」と声が出るが、今度は視界のメイドを注視する!!
するとメイドは左頬を見えない力で引っ張られるように視界の右側に引っ張られていく!!
「勝った!!…でも、いった~~~ぃぃ!」
自分の予想通りの結果に勝利の雄たけびと左頬の痛みが口から飛び出した!!だけど痛いから直ぐに保冷剤で冷やし始めた。視界の右上で未だ痛みにのたうち回っているメイドを見ながら「勝利の美酒とはこういうものか…」などとニヤニヤしていた。
そんな愉悦に浸っている私に
「…夜風あんた何やってんのよ」
と急にソファーの隣から母の声が聞こえた。どうも両親が仕事から帰ってきたのに気が付かず、視界のメイドと張り合っていたらしい。奇行を両親に見られ恥ずかしくなった私は、頭を掻きながら「お帰りお父さん、お母さん」と言いソファーから立ち上がった。
(でも、なんで私の痛いところがリンクしてんのこのメイド…)
と視界の端で左頬を撫でているメイドを見て思うのだった。
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