Ringoフォーミュラランド戦記 ―レンタルカート―
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Ringoフォーミュラランド戦記 ―レンタルカート―
ジーパンにシューズ。グローブをはめ、ヘルメットを被る。
鏡に映る自分に、ほんの一瞬だけ笑いかける。
「……レーサー気取り、悪くない」
シートに腰を沈め、アクセルとブレーキの位置を確かめる。
「……届かないな」
諦めて緩衝材を頼む。
ようやく戦闘準備が整った。
左足でブレーキを強く踏み込み、スターターボタンを押す。
オンダの汎用エンジン「GX200」が目を覚ます。
空冷4ストローク単気筒OHVガソリンエンジン
お世辞にもレース用とは言えないが
高耐久性・高信頼性のとても優秀なエンジンだ。
振動と排気音が体を震わせる。
「よし、行こうか相棒」
左手を上げて合図。
ピットを抜け、戦場へ。
Point-01 1コーナー ――闇の入り口
ホームストレート。
「もっとだ、伸びろ!」
視界が低すぎるせいで、体感速度は160km以上。
見えない先に、真っ暗な穴のように口を開ける1コーナー。
ここは――ブレーキを使わない。
最高速のまま、闇に突っ込む。
「怖い……でも、行け!」
ステアを切り込むと、後輪がわずかに浮く。
スピン寸前で踏みとどまる。
「耐えろ! まだ、始まったばかりだ!」
Point-02 2コーナー ――牙をむく連撃
1コーナーを抜けた直後、間髪入れず現れる右コーナー。
「間がなさすぎる……!」
全開では到底曲がれない。
攻略法はただひとつ――
ほんの一瞬、ブレーキをタッチするだけ。
減速ではなく、姿勢を整えるための針の穴の操作。
「落とすな……回転数を落とすな!」
アクセルを半分残し、ステアを切り込む。
リアが流れる。
「回るな、堪えろ!」
逆カウンターで押さえ込み、唸るエンジンを回し続ける。
Point-03 ヘアピン ――拘束の爪
「……来たな」
巨大なヘアピンが牙をむく。
ブレーキを遅らせれば外へ弾かれる。
踏みすぎれば速度を殺す。
ここは左足ブレーキで強く減速し、同時に右足でエンジンを回し続ける。
「まだ我慢だ……ここだ、踏め!」
車体が暴れる。
ステアを押さえ込み、なんとかインを突く。
失速感と同時に、加速へのきっかけを掴む。
Point-04 高速コーナー ――度胸試し
「来るぞ……!」
スピードを殺さずに曲がる左の高速コーナー。
遠心力が体を外へ引き剥がす。
「外に流れるな、食いつけ!」
マシンがわずかに浮く。
タイヤが路面を引き裂き、火花のような感覚が掌を走る。
ここで怖がってアクセルを緩めたら負けだ。
Point-05 トリプルコーナー ――三連の牙
右、左、右。
「リズムを刻め!」
一つ目の右はハンドルを当てて流す。
二つ目の左は、体を右に投げ込み、車体を一気に切り込ませる。
「もっと速く、もっと鋭く!」
三つ目の右へ体を素早く切り返し、姿勢を立て直す。
後輪が片側浮き上がる。
「堕ちるな……耐えろ!」
限界のバランスの上を走り抜ける。
Point-06 S字コーナー ――連撃の試練
「ここで乱すな……リズムだ!」
左右の切り返し。
一拍でも遅れればコース外へ吹き飛ぶ。
ブレーキは使わない。
ステアと体重移動だけでリズムを刻む。
「行け、つなげ!」
エンジン音と心臓の鼓動が重なる。
Point-07 最終コーナー ――最後の門
「ここをどう抜けるかで決まる……!」
アウトから侵入。
奥でクリッピングを取る。
「まだ……まだ……今だ!」
出口でアクセルを踏み抜く。
リアが流れる。
ステアを押さえ込み、加速を殺さず立ち上がる。
再びホームストレートへ撃ち出される。
視界の隅でタイムが点滅する。
――36.133秒。
「悪くない……だが、まだ足りない」
Point-08 回顧 ――奇跡の一撃
あの日。
天候、気温、湿度、マシン、体調――すべてが奇跡のように噛み合った。
34.988秒。
それが私のベストラップ。
トップパイロットたちは33秒台を叩き出す。
しかし、戦場は、もうそこにはない。
真夏の太陽。
ソーラーパネルが白く閃き、戦いの記憶をただ静かに反射していた。
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