一誤一会

白川津 中々

◾️

 生きていると出会いたくもない人間との出会いがあるし、離れたくない人間と離れなくてはいけなくなる。


「だから僕は一人がいいんだ」

 

 佐伯は静かに言葉を落とした。俺には一瞥もくれず、かといってどこかを定めているわけでもない。視線の先になにがあるのか、まるで分からなかった。


「それは人に依存しているからだろ」


「そう。僕は、どうしても人に縋ってしまう。一人がいいなんて言いながら本当は孤独が怖い。度し難いね」


「まぁ、それはいい。お前の身の上も人間性も知ったこっちゃない。ただ……」


「ただ?」


「仕事を残して飛ぶのは違うんじゃねぇかなぁ」 


 そう、このアホは全て残してトンズラキメる腹づもりなのだ。


「……本当にさ。なんで分かったの? 空港で待ち構えられててびっくりしたよ」


「お前のPCにログインしたら経費で旅券を買っているのを発見した。横領だぞこれは」


「あれ パスワードは?」


「1025。お前の好きなセクシー女優の誕生日だ」


「……人のデータを盗み見るのは、よくないなぁ」


「てめぇが提案資料共有せず休んだから見たんだよ! そん時にチケット購入確定のメールが表示されたんだ馬鹿野郎!」


「やれやれ、まいったね」


「まいってんのはこっちだ! 引継ぎと抱えてる案件処理してから辞めろやゴミカスゥ!」


「とはいえ僕はあまりに無力。今回の高跳びだってやらかしたから逃げるに過ぎない。申し訳ないけれど、なにもできないよ」


「頭下げるくらいできるだろうが!」


「僕の謝罪に意味はないよ。もう何度土下座したか知れないからね。僕が取引先になんで呼ばれているか知っているだろう? 佐伯土下座衛門さ」


「……確かにお前、クソバカだもんな」


「耳が痛い」


「俺は頭が痛いよ! もういい分かった。じゃあせめて、引続き書いてくんねぇかなぁ?」


「ごめん。それもできない。というより、僕は何もやってないんだ。引継ぎするような事項がないからね」


「先月始まった新規プロジェクトがあんだろうがぁ? 会場からゲストの選定と進捗ぅ! 腐る程知りたい事あるんだがぁ!?」


「あぁ、それ……すまないね。いや、本当に申し訳ないのだけれども」


「お前、まさか……」


「やってない。なにも」


「……」


「……」


「お前、マジで一回来い。社員全員でぶん殴って豚箱にぶち込んでやる」


「それはできないよ。なにせ案件は白紙の状態。一分一秒でも早く進めなきゃいけない。僕にかまっている時間はないはずさ」


「お前マジ……あ、ちょっと待ってろ。課長から電話だ……もしもし。はい。えぇ? それは佐伯の担当してるやつ……え、担当者から、土下座衛門は寄越すなって……そんな事言われても……あ、おい待て佐伯! あ、すみません! 違うんです! 今佐伯と一緒にいて……放っておいていいって、そりゃそうなんですが、あ、おい! あ、違うんです! 佐伯が……あーもう分かりましたよ! 今から向かいます!」


 佐伯は既に人混みに消えてしまった。俺は奴の尻拭いをしに、会社へと行かざるを得ない。あぁ、どうして佐伯なんかと同僚になってしまったのか。生きていると出会いたくない人間と出会ってしまう。袖振り合うのも多生の縁とはいうが、まったく因果なものだ。まさに、一誤一会……

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