第21話 違和感
屋台は石段から神社まで続く一本道の両側を占領するようにして羅列してあり、それらの間を人々は縫うように雑踏している。
その中から俺は見覚えのある集団を見つけ、咄嗟に声を掛ける──
「おーい、戻っ──」
「──はいそこォ! もっとグッッッ‼ と顔を引きなさぁい‼」
「キリッ……こうですか、監督」
「はわっはわわわわわわわわわぁ……‼ 矢野さんの顔が近くに──ブホッッッ‼」
「あぁ……尊い……。飛び散るあむ氏の鼻血すら、百合を覆う薔薇のようですぞ……!」
「…………」
──つもりだったが、本能的に他人のふりを決め込んだ。
あぁあれに関わってはいけない。きっと不審者の集いだ、あぁそうに違いない。
俺は冷めた目で振り返り、後ろからついてきていた雀の両肩を掴む。
「……綾乃さん、他回ろうか」
「え、でも皆が……」
「いや、あれはもう俺達には救えないものだよ」
「?」
とりあえず雀を諭し、回れ右を促す俺。
そんな俺の肩に、ガシッとした重みが乗る。恐る恐る首を背後に向けると……満面の笑みなのに何故か怖い順平の姿が。
「け~ん~と~しぃ~? 他人のふりとは酷いですなぁ?」
「げっ……はて? 人違いでは?」
「無理ですぞ? 嫌悪感丸出しの『げっ……』が出ておいてそれは無理がありますぞ?」
「クッ……殺せ……!」
「それ寧ろ自滅では?」
俺は難を逃れようと試行錯誤を重ねるが、順平の完璧なまでのディフェンスに
脳裏で馬鹿げた茶番をしていると、痺れを切らしたであろう順平が強引に引っ張ってきた。
「まぁまぁ賢人氏ぃ、なんくるないさ~でござるよぉ」
「やっ止めろォオオオオオオオオオオオオ──‼」
「──って、なんだ……コラボイベントでポーズを決めるとプレゼントが手に入るのかよ……。あ~ビックリしたぁ……」
「ハハハッ! 賢人氏は面白い発想をするのですな!」
順平は安堵する俺の背中をバシバシと叩き、声に出して笑う。
俺は先程まで強引に連れられて恐怖で蹲っていたのだが、そんな俺に順平が丁寧に説明を施してくれたのだ。結果、俺の勘違いだったと。
ほんっとに良かったぁ……。
てっきり楓やあむが変人の中の狂人になったのかと思っていただけに、その反動の負担は大きい。
ダラリと猫背になる俺に、しかし椎名先輩は問答無用で蔑視の視線を向ける。
「全く貴方という人は……一体ナニと勘違いしていたのかしら?」
「いやナニも何も、絵面に関しては完全にナニですよ? てか絶対主犯先輩ですよね⁉」
悪びれもせず、清々しいほどに堂々とする椎名先輩。
俺はそんな先輩に飽き飽きし、ジト目になる。
すると椎名先輩は我が道を歩むかのように、俺に近づいてきた。
「まぁいいわ。それよりも、はいどうぞ」
そう言う椎名先輩の手には、例のBLのキャラが描かれた袋があった。
「皆さんが貴方の為に用意したプレゼントよ」
グッと袋を胸に押し付けられる。
あーそういえば、まだあの設定続いてるのか……。
ぶっちゃけ興味のない物を貰ったところであまり嬉しくはないわけで、俺はこれまた飽き飽きとして渋る。
「あーいや別に俺は……あ、ほら皆で分けるとかでいいんじゃ……?」
視線を逸らし、押し付けられた袋を押し返す。
だがそんな俺の意志に反して、椎名先輩は引かない。それどころか眼前にまで歩み寄ってきて、頬が触れ合う間際まで接近してくる。
久方ぶりの椎名先輩の芳醇な香りと、覗く鮮緑の瞳。
掃除用具でのあの時の脳裏に蘇り、俺は胸を高鳴らせた。
やっぱ先輩って黙ってれば美人だよなぁ。
興奮しながらそんなことを思っていると、椎名先輩が囁き声で声を掛けてきた。
「(調子に乗らないで……!)」
「⁉」
美人、かと思いきや、穿つような鋭い双眸で睨まれ、俺は度肝を抜かされる。
椎名先輩はこれでもかと低い声音のまま語気を強め、続けた。
「(さっさと受け取りなさい。そして後でこっそり私に渡すこと……いいかしら?)」
「(アッハイ)」
美人の面影は遠い空の彼方へ、俺は声を上擦らせて椎名先輩の指示に従い、袋を手に取る。
「ワーウレシイナー、ミンナアリガトネー」
「目線が全く合ってないですぞ、賢人氏」
俺は感謝の念など一切ない無感情棒読みの台詞を口にして上の空を見据える。
案の定、不審がられたが、とにかくここはやり過ごすのだ。順平からも、背後から漂う殺気からも。
そうして俺は息を殺し、身を委縮させて己の気配を消す。
やがてあむが遠くの方から駆け足で近づいてくるのが分かった。その手に、綿飴を握らせて。
「⁉」
俺は綿飴を見ただけで身の毛がよだつ。脳裏で昼間の出来事が連想される。
こ、殺される……!
本能的にそれを察知し、身を構えた。そのまま歩み寄ってくるあむにキッ! と睨みを利かせ、
「ねぇお兄ちゃん、綿飴買ったら思ったよりも量多かったから半分食べて──」
「──俺を殺す気か⁉」
「何で⁉」
俺は叫喚まがいの咆哮を放つ。
当惑したあむが問うてくる。
「は……? 何でなの……? 綿飴だよ……? お祭りでお腹が膨れない食べ物ランキング堂々の一位の綿飴だよ……?」
「……っ、そういう、問題じゃない……。俺にはそれが……化け物に見えるんだ……」
「だから何でぇ?」
「クッ、見てみろ……あの禍々しく渦巻いた甘い糸を……。あぁ……今にも呑み込まれそうで──うぷっ……」
「ちょ、お兄ちゃん⁉」
俺は込み上げる吐き気と共に、ドサッと膝をついて地面に手を付ける。
そんな惨めな俺を見下ろして、椎名先輩は嘆息を漏らす。
「はぁ……綿飴で気持ち悪くなるなんて情けない。代わりに私が──おぷっ……」
「椎名さんも⁉」
馬鹿だ、やっぱ馬鹿だあの人。
俺以上に苦しんだ椎名先輩が綿飴の甘さという毒に耐えられるはずもなく、綿飴を口に近づけた瞬間、速攻で崩れ落ちて俺と同じ態勢になる。流石のフラグ回収である。
そうして、吐き気に苦しんで膝を落とす惨めな灰人二人が出来上がった。
だが事情を知らないあむからしてみれば、目の前の光景は集団食中毒のそれだろう。結果──
「え、マジでこの綿飴ヤバいの……? うっ……見てたらあたしも気持ち悪く……」
──あむもまた思い込みによって膝をつき、
「「「オ゛ロロロロロロロロロッ……‼」」」
「三人共馬鹿じゃないの」
三人仲良く嘔吐する。
そんなシュールで汚すぎる光景に対して、楓が冷ややかな視線と呆れた物言いをぶつけてきた。
おぇっ……返す言葉もございません……。
俺は喋る気力もなく、ただただ
すると群衆の中から、何処かの屋台の景品でも総取りしたのか、様々なおもちゃやお菓子を抱えた順平が上機嫌にやってきた。
「フフフッ……これがオタクの実力──ん? 綾乃氏は何処へ行ったでござるか?」
キョロキョロと辺りを見渡して順平がそう言った。
順平に倣うように、周囲の人々も首を回す。
「あら、そういえば確かに居ないわね」
「さっきまで一緒だったはずなんだけど」
「となると、お花摘みですかな?」
俺は目を細め、逸らす。
そうだ、これでいい……これでいいんだ……。
そう思い込み度、知ってて放置する罪悪感からか、単に名残惜しいだけなのか、胸の奥がズキズキと痛む。
訳も分からない感情に振り回され、俺はまたしても視線を逸らして項垂れる事しか出来なかった。
「……?」
ふと、目を逸らした先にソレが見えた気がした。
ソレとは違和感であり、不自然であり、不気味であり、けれど何気ないもので特段変でも何でもない。故に、俺は惹かれざるを得なかった。
ソレとはつまり──笑み。それも普通の笑みではなく、深く、愉悦に満ちた笑み。
ソレが今、楓の顔に浮かんでいた……ような気がしたのだ。
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