第9話
「「「「乾杯。」」」」
熱したプレート、大量に溶いたたこ焼き粉、キャベツの微塵切りに細かくされたタコウインナー蒟蒻、そして紅生姜。
所謂“たこパ”に必要な材料を全て用意してくれていたそれらを前に、各々に持ったお酒を合わせる。
「いつ以来だっけ?マリがドラマに入る前だから…」
「あ、じゃあ3ヶ月だ」
「3ヶ月“以上”!忙しすぎんだよマリは!」
「だからごめんってハヤト。許してよ。」
「仕様がないだろ…あと生意気すぎ。いい加減にしろ馬鹿。」
「…ダイはどんどんお兄ちゃん臭が強くなってくるね。可笑しいよ、俺は。」
どんな時でも先導して動いてくれるきーちゃんが、それぞれを見渡し優しく微笑む。竹串を摘まみたこ焼き器と対面しながら。
いつも以上に反抗期まっしぐらな、世間で“野球界の貴公子”と話題のハヤトの横着っぷりに見かねたらしいダイが軽く後頭部を小突いた。
微笑ましい光景にほっとしながらも、心臓は軋む。
きっと、あと半日もしない内に、私たちは現実に戻っていくだろう。そう、しなければ。必ず、に。
私たちには、何もかもを犠牲にしても、護りたいものがあるから。
「…マリさん、仕事大変?」
「まあまあ、かな?」
「話題作に引っ張りだこの女優がこんな所で“たこパ”してるなんて知られたら…世間様とやらはどう思うんだろーな?」
「しかも、この面子でね。」
「…さあ、どうだろ。興味ない。」
珍しく、誂いを含んだ様で口角を上げるきーちゃんを鼻で笑い、銀色の安い缶ビールを煽る。
「…マリ?なんか、変「「「「―――!!」」」」
心配そうに顔を覗いてきたきーちゃんとの距離は、妙な位置で止まった。
警告に似た短く鳴る4つの通知音に、示し合わせたよう、8つの視線はぶつかる。
「…けど、いつまで続くのかな。」
「「「……………」」」
「この、秘密は。」
慎重にスマホを取りだし画面を覗いて、再び顔を上げた3人を観察していれば、届いたメッセージの内容なんか見なくても分かった。
「ごめん、またね?」
眉を下げるきーちゃんに、瞳を揺らしたダイに、眉間を寄せたハヤトに、可笑しさを堪えきれずに微笑む。
持ち歩いている黒いキャップ帽、大きめのマスクに髪も口も鼻も額も隠して。
名の通った女優“橘今日子”と認識されない姿で、その場を後にした。
ダイニングテーブルの下で、震えるほど握りしめていた6つの拳には、気付かないフリをして。
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