第33話

🌈 🌈 🌈








人気ない味気ないバス停で、バイクは止まった。


青く塗られた屋根もその下にあるベンチも、古くて小さい。隣にある最新の自動販売機とのギャップが半端なくて、ちょっとした異世界みたいだった。








走行中、芽衣は何も言わなかった。

だから私も、何も言えなかった。





なんだか無性に喉が乾く。ヘルメットを外し、わしゃわしゃと乱れた髪を直す芽衣。うざったそうな仕草に構うことなく、手を放して自販機の前に降り立った。








スポーツドリンク、フルーツ味のミネラルウォーター、炭酸水────までを目で追ったところで、また後ろから衝撃が襲ってくる。


今度はちょっとしたモノだったけれど、それでもじわじわと増す力に眉を下げた。





芽衣。

ちょっとだけだけど、困っちゃうんだけど。





どうしていいか、分からないから。


どうしてあげたらいいのか、解らないから。








お腹に回った芽衣の腕。たくましい2本にされるがまま、じっとする。後ろから抱きしめたまま、芽衣はぐりぐりと私の肩に頭を押し付けた。



珍しすぎる行動に、なす術もなく固まる。

子どものような、甘え方。








あまりにも怖ばっていたのか、芽衣が控えめに肩を揺らした。今度は私の頭に顎を乗せて、力なく笑う。



けれども反比例するように、腕の力は強まっていた。








「きっと、増えるな。」


「…………なにが?」


「これから、あーゆーの。」





疲れきったその声に、ずしん、と心臓が軋んだ。




私はもうすぐ、高校を卒業する。目標だった大学への進学も決まっている。あと数ヶ月もすれば、これまでとはまた違った世界へと、飛び込んでいく予定だった。





今はもう、芽衣の不安が何なのか、手に取るように判る。簡単に言ってしまえば、環境の違いというやつだろう。








翼くんが、高校を卒業したときに感じた想いを思い出した。きっと芽衣も、あの時の私みたいな漠然とした寂しさを覚えているのかもしれない。





……そんな必要、ないのになあ。








なんだかもどかしくなって、モゾモゾと身体を動かす。芽衣に抱きしめられたまま、芽衣と向き合うよう振り返った。





真剣で、どこか危うい脆さが垣間見得る相手。





踵を上げて、背伸びして。


芽衣の唇に、ちゅ、と軽く音が鳴るようなキスをする。








みるみる内に、芽衣の眉が下がった。

困惑したその可愛さに、両腕を芽衣の首に回す。





ただ、恥ずかしすぎるから、顔を見られないように伏せた。芽衣の胸板に、額を押し付ける。








「関係ないよ」


「………………」


「私、芽衣だけだから」





好きな人は、たくさんいる

幸せになってほしい人は、たくさんいる。





それでも。





私が愛しているのは、芽衣だけ。

一緒に幸せになりたいのは、芽衣だけ。





私の全てを使ってでも、幸せにしてあげたい。

そう覚悟している相手は、たったのひとり。





他の誰でもない、芽衣だけだから。

















僅かな沈黙を飲み込む。芽衣の手のひらが、私の後頭部に添えられた。くいっと顔を上げられれば、深く濃いキスが落ちてくる。








「ん、っ───」





小さく鳴る音が恥ずかしくて、小さく零れる自分の声が恥ずかしくて、それでも、必死に応える。





離れたかと思うと、また角度を変えて落とされるキス。


何度も何度も、確かめるように。

噛み締めるように。



入り込んできた熱い舌に、胸の奥がきゅんと疼いた。








数秒か、数十秒か、はたまた数分なのか。判断出来なくなってきた時間の最後、ほんの少し芽衣が離れる。




近すぎて上手く視線が合わないくらい、だけ。


少しでも口を動かせば当たってしまいそうなくらい、だけ。








「…………歯止め効かせる練習、家で死ぬほどしてたんだけど」


「…………そうは思えないんだけど」


「ちひろの所為」


「男らしくない」





思わず責めれば、芽衣の目尻が可笑しそうに下がった。









「……じゃあついでに、責任もとって?」





楽しそうに、でも、切なそうに。伏せられた芽衣の瞳に誘われるよう、私も瞼を閉じる。








不安な未来をかき消すように、その日はずっと。

芽衣は私の中から、出ていこうとしなかった。

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