第29話
────あのね、紗莉。
────私、芽衣が好きなの。
────少し前から、つきあってたり、する。
伺うように、不安そうに私を見てくるちひろ。なんだか……そうね。ちゃんちゃら可笑しいわ。無意識な上目遣いになってて可愛いじゃない。ほんと無防備な子。弟くんにバレたらまた煩そうだけど。
2学期がはじまって1週間。数日の〝里帰り〟から戻ってきた私の親友は、地元の有名なお土産だという菓子箱を強く握る。ちょっとそれ、へこんだわよ?中味大丈夫?私へのお土産でしょう?
「よかったわね」
「え──、」
「ずっと好きだった相手と結ばれること以上の幸せってないわよ、きっと。」
「いったっ!ちょっ、紗莉!」
なんとなくムカついたから、ちひろの膝をつねる。ははは。白い肌がちょっと赤くなったわ。ざまあみろ。
ちひろは混乱しつつも、痛みにより涙のベールが瞳にかかった。彼女の特徴であるリスみたいな愛らしい2つは、拍車をかけて庇護欲を掻き立てられた。畜生ものよこんなの。ふん。
ちひろが弟くんを好きなことくらい、遥か昔から知ってるわ。
地球が誕生したレベルに捉えていたから、思い出す必要さえなかった。ちひろにとっての常識は、私にとってもそうなの。一緒になるのよ。悔しいけどね。
ちひろの葛藤も分かってた。だからこそ、変わろうとFVに関わろうとしてたことだって。結果的に、単純に一緒にいたいと思うようになってたことだって。お見通しなのよ。
なんなら。
ちひろが、過去に何か深い悲しみを背負っていることも。
それが、弟くんに強く関係していることも。
全貌は知らないけれど。
そのくらいは、知っているから。
知っていた、から。
とにかく、何が言いたいかって云うとね。ちひろが幸せなら、付き合う相手がFVの誰かでも犯罪者でもキリマンジャロでもモアイ像でも、自分の家族でも。誰だっていい。何だっていい。
ちひろが望むのなら、私はその選択を手放しで応援する。祝福するし、私だって幸せに感じるわ。
そんな簡単なことも分からなくて不安げにしている姿に苛ついたのよ。誰か文句ある?
放課後の教室。誰もいない静かな箱の中で、強がりな言葉を並べながら、必死に涙を堪えていた。死んでも、知られたくない涙。
嬉しくて嬉しくてたまらない、私の涙、を。
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