第4話
紗莉さんの黒髪は、とても長くて綺麗だ。そっとウェーブがかかっていて、かきあげた前髪は恰好いい彼女にこれでもかってくらい似合っている。
夏でも冬でも、紗莉さんはいつでも、涼し気な雰囲気を身にまとっていた。
「それにあんたは、部活……っていうか、野球に命かけてるんじゃなかった?」
「今は野球だけじゃなくて、紗莉さんにもですけど……」
「そんな重々しいこと照れながら言われてもどん引くだけよ」
紗莉さんと無理やり関わるようになって分かったことがひとつある。そう、That's Sadistic。彼女はドSだ。
いつにも増して冷えきった視線で見つめ返された。ああ、生き返る……じゃない。シャンとできる。さすが紗莉さん。抱いて。
そう言えば、いつの日か親友に『……それは睨まれてるんじゃない?』と指摘を受けたけれど、ソイツは少しばかり世間からズレているところがあるから受け流すが吉だ。仕方ないから、失礼な表現も水に流してやった。ああ、俺ってなんて心が広い。
「とにかく、私は部活が休みだからって練習をサボるような男より、休みだからこそ黙々と鍛錬重ねる男がいいわ。」
「あっ……そうですよね」
「分かってくれた?」
「はい。時間空いたからって、紗莉さんの元にすぐ駆けつけるのはよくないってことですよね?」
「そうよ」
凄いじゃない、とでも言いたげに紗莉さんが瞳を細めた。恍惚とした笑みを前に、向けてくれたことが嬉しくて天に召されるかと思った。むしろ今なら召されても幸福とすら思えた。
恋は盲目、というけれど、俺にとってはこんな感情たちこそが、何よりも正しく素晴らしい現実だった。
紗莉さんに負けじと目を細める。豊かに満たされた心のままに上がる口角は、自画自賛で心地いい。
「じゃあ、鍛錬重ねてから会いに来ますので、お家の住所教えてもらっていいですか?」
「サイコパスなの?」
「サイコパス……ってなんすか誰っすか」
「………………。」
紗莉さんのお眼鏡にかなう男になろうと、これしかない!と考えた提案。なのに何故か、紗莉さんは真顔になった。声のトーンも、冷静さに冷静さを重ねた冷静さのよう低くなった。なにゆえ?
ていうかそれよりも、だ。
さっきのミクロンといいサイコパスといい、外国の方を随分と知ってるんですね。妬けちゃいます。嫌だなあ。
「…………いったは、本当に馬鹿正直ね。」
「……ダメ、ですか?」
「ううん。ダメじゃないわよ。たぶん、それはいったの長所になるんじゃない?」
モヤモヤと不機嫌が顔を出した心の奥。そんな俺の姿を見て、今度は少し悲しそうに、紗莉さんは笑った。
今日初めて名前を呼んでくれたのに、何故か浮かれられない。いつもならトランポリンで宇宙に突き抜けられそうなくらい弾む心も、沈んでしまう。
それは、きっと。
「……私も、そうなれたらいいのにね。」
そう言った紗莉さんが、とても寂しくて辛そうに見えてしまったから、なのかもしれない。
俺じゃない誰かを想っていたから、なのかもしれない。
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