第23話
「言っとくけど俺ね、学園の王子様って異名があるんだよ」
「なんの自己申告ですか突然」
ご近所さんにあるスーパーとして常々お世話になっている店を通り過ぎた太陽くんが、前を向いたまま楽しそうに笑う。
目的地から逸れる歩みを指摘しようとしたけれど、その先にある公園を指す手に余計なことはしないでおいた。
「だからね、お買い得ですよってこと。」
「……意味、わからない。」
「うん。言ってる俺も、わかんない。」
平日の午後を過ぎた園内に、子どもたちの賑やかなどない。
おしとやかで静か、心地のよい雰囲気で埋め尽くされている
いくつかの遊具を通り過ぎ、ある場合で太陽くんは止まった。
そこにあるのは、左からも右からも蛇口がつけられ、さらには上向きにも対応して水を出すことができるモノ。
正式名称があるか分からないけれど、誰もがきっと、触れたことがある気はする。
「俺ね、本当に優雨さんが好きだよ。」
「………………」
「自分でももう、なんでこんなに好きなのか、不思議。」
「………………」
「でも、好きすぎて、死んじゃいそう。」
繋いでいた手を離し、“正式名称の分からない”そこへと近付く太陽くんは、真剣さだけを漂わせていた。
読めない行動と言葉に、私の表情には遠慮ない困惑がのっていたのだろう。
押し黙る私を確認して苦笑した相手は、ひとつのため息を落として。
「俺、なんとなーくだけど、知ってるよ。」
「知ってる……?」
「星耶とさっきの男の人の関係も、優雨さんとそれぞれ2人の関係、経緯も。星耶から聞いてたから。」
「…………うん。」
「でも、そんなの、俺には関係ないから。」
「うん」
「……星耶のフォローもしてやんないし、譲っても誤解を解いてもやんない。」
「………………え?」
なんとなく解っていた真実に、驚くこともなく頷けば。
冷たい声で、私との間に蟠りしかない相手の名を出される。
「そこまで完璧な王子様でもないんだ、俺。」
心の片隅に芽生えたモヤモヤ、引っかかる“ナニカ”を解こうと考える私を止めるように、太陽くんが力なく笑う。
そして。
「ただ、それでも。」
「……うん?」
「優雨さんが、笑えますように。」
「………………。」
「心の底から、生きたいって思えますように。」
「、」
「優しい雨を、降らせましょう。」
「……え、わっ、!」
今度はうって変わった様で、してやったり感たっぷりに、くしゃくしゃに笑った太陽くん。
そんな年相応の表情は、初めて見せてくれた気がした。
なんてことを考えていた瞬間には、温度の低いなにがが降り掛かってくる。
唐突な刺激には、大きな声が出てしまった。
今この私の周りにある全て。
学園の王子様らしい太陽くん、
差し込む光、
飛び散る雫。
キラキラと光り輝くそれらは、明るい希望だけを示しているようで。
「っ……あははっ!」
「あ、」
「ははっ……っなにこれ…あはは!訳わかんないってば!」
「ごめんなさい」
「なんでいきなり噴水……はははっ!やっぱり可笑しいから太陽くん!前々から思ってたけど!」
「失礼だなあ、優雨さん。」
何を気にする様子もなく上向きの蛇口をフルパワーで捻るという荒業を繰り出してきた相手を、思い生きり笑って陽気に詰る。
飄々とした態度を直さない太陽くんは、心底不服そうに眉間を寄せて。
「でも、ほら成功。」
「え……わぁ、すごい……」
「ね?いけると思ったんだ。」
「ちゃんと出たし、笑ってくれた」と、穏やかな声色で笑った太陽くんが、滲んで霞む。
魔法のように現れた、小さくカラフルな7色の架け橋は。
私のこれからの未来を明るい方向へと導くきっかけに、なってくれるのだろう。
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