第20話

「……太陽くん、ごめん。ほっぺ連れて、部屋入っててもらってもいいかな?」


「……なんで?」


「少しだけ、話したいの。」


「…………やだ、って言ったら?」




代わりに、ほっぺと繋がるリードを太陽くんに渡しながら小さく懇願する。


私のナニカを試すよう、小首をかしげて挑発してくる相手をまた、見上げていた。





「……言わないよ、太陽くんは。どんなに気になってることでも、相手が望んでないならただ静かに飲み込んで助けてくれる、優しい人だから。」


「………………」


「……そのくらい、私だって、知ってるもん。」




リードも、新たに差し出した鍵も。

無言のまま受け取り俯く太陽くんが、伏し目がちに微笑む。





「……ずるいなぁ、優雨さんは。」


「……ありがとう。」


「いいよ。そういう優雨さん、俺、大好きだから。」


「………………」


「ここで無言ですか。」




「どさくさに紛れて肯定的な言葉もらえるチャンスだと思ったのに」と、残念そうに肩をすくめる子どもらしさに、眉は下がって。



望み通りにこの場所から去り部屋へと消えいく大人な行動に、安堵の息が零れ落ちた。











「未成年に手、出すのは犯罪ですよ」




それでも、立ち上がり目の前までやってきた相手により全身に緊張が加わったのが分かる。





「……出して、ない。」


「そう?まあ、確かに“出されてる”側っぽかったけど」


「……出されても、ない。違うし、もし仮にそうだとしても、颯星には関係ないから。」


「…………却下。それだめ。」





2人きりとなっても、疎遠になっていた間を懐かしむことも訝しむことも出来ずに。


困り顔で力なく首を振った颯星を、不思議に思えば。





「“関係ない”とか。そんな淋しいこと、言うなよ。」




瞳を揺らして伝えられる理不尽に、握る拳にギリギリと力が加わった。



今更。

馬鹿馬鹿しい。

自業自得だ。

知らない。

関係ない。

終わらせた。

過去。





浮かぶたくさんの言葉は、切り離すためのものばかりで。


笑えない私を、増やしていくばかりで。





好き勝手に行動して心を掻き乱してくる颯星は、冷めた目でしか見ることができない。

できない、のに。





「(……やつれすぎ。ばか。)」



かつて伝えた悪口を、私の気持ちを揺さぶる引き金とするのには十分だった。








「……優雨に、会いにきた。」


「……私は、会いたくなかった。」


「………………。」


「これからもそうだし、颯星の今に、興味もない。聞きたくない。聞くきも、ない。」




女優の結婚記者会のよう手の甲を向けてくる颯星のおふざけに、眉を上げ肩をすくめひょうきんに対抗する。



それとは裏腹に、お互いの言葉の中へ込められていたものは。








「…………参ったな。」


「…………颯星、」


「俺の時間は、あの日から止まったような気がしてた。自分で止めて、進もうとしたんだけど」


「………………」


「……優雨は、違ったんだな。」


「…………ばかじゃないの…」


「うん。ばか。」





変化を受け入れたようで、根本では受け入れられないままだった者と。


変化を受け入れられないままのようで、根本では受け入れていた者との。




泥臭く惨めな悪足掻きと、冷たく凍った遮断。





どうしようもなくすれ違った、感情の切れ端たち、だったのかも知れない。

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