第2話





午後の喫茶店。柔らかな光がテーブルを照らし、カップから立ちのぼる湯気が揺れていた。

向かいに座る女性記者が録音機材を整え、楽しげに切り出す。





「先生が新人賞を受けられたのは二十五歳のときでしたね。もう七、八年。今では三十代前半で、新作を次々に……“驚異的なペースだ”と編集部でも話題なんです」



「もうそんなになりますか」


少し息を吐き、言葉を続ける。



「毎日必死ですから、あっという間ですね」


はにかんだような笑顔を作り、俺は微笑む。

女性記者が「素敵ですね」と笑い返し、机の上のペンが軽快に走った。



「しかも作風がいつも新鮮で、映像化の話も次々に……。読者層もどんどん広がっています」



「読んでいただけるのは、本当にありがたいことです」


取材は穏やかに続いていった。


コーヒーの香りと湯気の向こうで、記者の笑顔が明るかった。



「カグラちゃんのお写真、ぜひ今度撮らせていただけませんか?」


記者が目を輝かせる。



「猫だけでいいですか?」


そう返すと、相手はすぐに首を横に振った。



「いえいえ、先生もご一緒にお願いします。

“人気作家と愛猫の日常”……読者はそういう一枚を待っているんです」



「まあ、カグラは美人ですからね」


俺は笑ってうなずいた。



「ぜひ見たいです!」



「じゃあ、近いうちに調整してもらいましょう」


記者は満足そうに頷き、ペンを走らせる。

コーヒーの香りに包まれながら、取材は和やかに続いていった。




――




取材を終えて喫茶店を出る。

午後の光に包まれた通りを少し歩き、古本屋を覗いてから家に戻った。


玄関が自動で開き、静かな空気が迎え入れる。

リビングの奥では、カグラが丸くなって眠っていた。



「ただいま、カグラ」


声をかけると、耳だけがぴくりと動く。

目を開ける気配はない。



「今日は取材だったんだ。

それでな……今度、お前にも出演依頼が来てる」


カグラは眠ったまま、尻尾だけをぱたんと揺らした。



「ギャラはカリカリで頼むってか」


俺は苦笑しながら鞄を置いた。



ふと考える。

カグラがこの家に来てから、外の人間がここに足を踏み入れたことは一度もない。

だから、知らない誰かが来たときにどうするのか、俺には想像もつかなかった。


だったら一度、誰かを家に呼んでみようか。

カグラがどう反応するのか、それで試せる。



そう思ってみたが――呼べる顔は限られていた。

編集か、あるいは先程の記者。

思い浮かぶのは、どちらも女性ばかりだった。


俺は小さく息を吐き、肩をすくめる。



んー……と悩んでみて、ふと気づく。



「そうか、二人とも呼べばいい」


思わず声に出して笑い、頭をかいた。

妙に単純な答えが、ひとり暮らしの部屋に響いた。


その夜、編集者にメッセージを送り、続けて記者にも連絡を入れる。



「今度、うちに来ませんか」


とだけ伝えた。



「いい考えだろ? カグラの取材前の予行練習だ」


俺はAIエンポに賛同を求める。



「編集、岸さんと……記者、吉高さんをお招きになったんですね」


わずかな空白のあと、返事が続いた。



「……そうですね。いいアイデアですね」


どこか歯切れの悪い返答が、静かな部屋に落ちた。

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