第2話


目を覚ましたのは、陽光に瞼がくすぐられたからだ。まず感じたのは、胸にかかる重み。ぼんやりと手をパジャマの襟元に入れると、そこには異常なほど柔らかな肌の感触が。


私はハッとし、飛び起きた。長い髪が首筋をなでる見知らぬ感覚に、その場で凍りつく。


「ありえない…」空気に向かって呟くと、裸足で洗面所へ駆け込んだ。


鏡は湯気で曇っている。袖で雑に拭いた丸い隙間から、見知らぬ少女の、恐怖で赤くなった杏眼がのぞいていた。


指を震わせながらパジャマのボタンを外す。少女のなだらかな曲線が、目の前に広がる。


指先が肌をなぞり、ふくよかな胸を揉んでみる。


「冗談でしょっ!」垂れ下がった黒髪を掴み、強く引っ張る。頭皮に走る痛みは、紛れもなく現実のものだった。


私が…女に変わった?


何が起きたんだ?


ここはどこ?


昨日の事?思い出せない。頭の中にある記憶は、男だった頃の自分だけだ。


無意識に、この見知らぬ場所から飛び出し、警察を探そうとした。


通りを歩きながら、周囲の環境をじろじろ見回す。記憶の中の日本と、特に変わりはない。


心中で推測が働く。平行世界に飛ばされたのか。唯一の変化は、私自身だけだ。


パジャマのポケットに鍵がある。さっきの部屋の鍵だろう。


風が吹き、自分が薄っぺらいパジャマ一枚だけしか着ておらず、ボタンもきちんと留めていなかったことに気づく。服が体に張り付き、今の完璧な体型を強調してしまう。


近くの人に助けを求めようとしたが、彼らが向ける様々な奇妙な視線を見て、考えをひっこめた。


コンビニの看板の下にうずくまり、巡回中の警察官に早く見つかってほしいと願う。


「野良猫のコスプレ?」 突然、視界に黒い小さな革靴が飛び込んできた。私は少し顔を上げる。


目の前にいる少女に、息が止まりそうになった。好きだったあの子――神宮寺綾だ。


「え?」自分の声が想像以上にはっきりと響く。

「私…自分の記憶がなくて」

「記憶喪失?」神宮寺は突然嗤くと、指で私の顎をつまみ上げた。「三流小説みたいな設定だね、本当に…」


彼女の声が突然止む。私の顎をつまんだまま、様々な角度に向け、そして頭のてっぺんからつま先まで繰り返しじっくりと観察する。まるで珍しい宝物を発見したかのように。


「記憶はどこまで飛んでるの?」彼女の声は突然軽快になった。

「私…私が女の子だって知ったのは今朝になってからで」

「それは、とっても良かった」

「あ!ごめん、とっても可哀想だったね」


神宮寺は体温で温まった制服の上着を脱ぎ、腰をかがめ、優しくそれを私の肩にかけてくれた。


その瞬間、私の視線はうっかり彼女の少し開いた襟元に落ちてしまう。雪のように白い谷間を見て、顔が一気に熱くなった。


「さあ、ぼーっとしてないで。まずはこっちにおいで!」彼女の声は少し震えており、表情はどこか興奮しているように見えた。


彼女は拒否を許さぬ力で私の手首を掴む。まるで風船を引っ張る子供のように。


---


私はぼんやりと寝室の入り口に立っていた。


「突っ立ってコート掛けになってるの?」神宮寺は私を中に押し込んだ。 「紅茶には角砂糖入れる?」


彼女の姿が遠ざかる。女の子の部屋に入るのはこれが初めてだ。


私は部屋中のあらゆるものをじっくり観察する。


布団が少し窪んでいる。何かの香りが鼻をくすぐる。気がつくと、私はいつの間にかベッドのそばにいて、指先を敷き布団に沈み込ませていた。


「これが神宮寺のベッドか…」


振り返って入り口を見る。彼女の姿はない。私は勢いよく顔を布団に押し付けた。


布団の端が頬を撫でる感触が、突然、神宮寺の指先のように感じられる。


廊下から陶器のトレイの音が聞こえた瞬間、私は瞬間的に起き上がり、元の位置に戻った。


「なんでこんなに汗かいてるの?」神宮寺が手を私のうなじに当てる。その動作に、鼓動がさらに速くなる。「部屋が暑いから?」


私は袖をしっかり握りしめる。彼女の視線が部屋のあちこちを掠めていく。


---


温かい水流は癒しの精霊のようで、頭頂からさらさらと流れ落ち、身体の疲れと不安をゆっくりと洗い流し、退散させていく。


ようやく落ち着いて、今の自分をしっかり観察する余裕ができた。


視線は浴室の鏡に落ちる。鏡に映る自分は、肌は玉のごとく、身体のプロポーションは完璧で、瞳にはどこか特別な感情が透けている。


この身体、いったいどれだけの男の子を悩殺するんだろう。


もし私がまだ男だったら、きっと夢中になってしまうだろう。


しかし、そんな自己陶酔の瞬間、私はハッと我に返り、「いや、脱線してる」と悔しがった。


神宮寺の助けを借りて警察署で調べてもらった結果は、世界の悪意を裏付けるものだった:星野葵、女性、17歳。両親は交通事故で他界し、政府の援助で一人暮らしをしている。


突然、浴室のドアが押し開けられ、浴衣姿の神宮寺が入ってきた。この突然の出来事に私はびくっとし、無意識に両手で慌てて自分の身体を隠した。


しかし、胸元はあまりにも豊かすぎて、必死に隠そうとしても、やはり隠しきれない。


彼女は私のこの慌てふためく様子を見て、思わず「ぷっ」と笑いを漏らした。「何隠してるのよ!女同士じゃない」


「私、だってプライバシー権はあるんだから」と私は言い訳した。


彼女は速足で私のそばに来て、肩をポンと叩いた。「野良猫にプライバシーなんてないわよ」


この呼び名は、私の家庭状況を知った後、神宮寺が尋ねたことに由来する。「私は神宮寺綾。うちのペット猫にならない?食事付き住宅付きだよ」


それは、自分が今どのような状況にあるかを知った上で、私が下した最善の選択だった――綾の助けを請うこと。


そして神宮寺綾は私が好きだった女の子だ。心の中では、もっと彼女と接していたいと思っていた。


「背中流してあげようか?」神宮寺が言った。


そうか、これは質問じゃない。彼女の手はもう私の背中に伸びてきている。


神宮寺の動作は優しく、そして細やかだ。


「寒い?」彼女は指先で私をちょんちょんとつついた。しかし私が返事をする前に、また私の耳元で囁く。「それとも、野良猫さん、恥ずかしがってるの?」


その時、私は自分の身体が制御不能に震えていることに気づいた。


「ここも重点的に洗わなきゃね」神宮寺の指が絶えず私の身体に触れ、膝をガクガクさせる。


彼女は突然私の肩をぐいと掴み、指先が肌に食い込む力で私はよろめいた。


「もしかして、どうやって体を洗うのかも忘れちゃったの?」 「じゃあ、清潔の基礎講座から教えないとね」


神宮寺は身体を私の背中にぴったりと寄せる。背中が綾の胸に触れた瞬間、私は男の体に戻ったかのように、ある種の生理的反応が身体に起こったことを認めざるを得ない。


神宮寺は一人暮らしだった。聞くところによると、両親は長期間外地で働いており、めったに帰ってこないらしい。


家には空き部屋はあった。しかしこの夜、私は彼女の寝室の床で寝ることになった。


もちろん、これは彼女の要求だ。


月明かりが寝室に降り注ぐ。三度目に寝返りを打った時、ふと見上げると、神宮寺がベッドで横向きに寝ていた。幾筋かの髪が頬のそばに垂れ、彼女の均整の取れた呼吸に合わせてそよそよと揺れている。


私の視線は思わずそこに引き寄せられる。蒸し暑い夏の夜、神宮寺のパジャマは格段に薄手で、衣服の隙間からちらりと見える無意識の誘惑、パジャマ越しにも見える雪のような白い肌は、私の心に言いようのない感情を湧き上がらせた。


今の私も同じタイプのパジャマを着た女の子ではあるが、心の中は相変わらず血気盛んな男の子なのだ。


それに相手は私が好きな人だ。


そうだ!これらは全部言い訳だ。私は自分がすけべだということを認める。


月明かりが彼女の身体を照らし、銀色の輝きをまとったように見え、彼女を一層柔らかく見せている。


まつ毛が瞼に淡い影を落とし、微かに震えている。何か夢を見ているようだ。


いや、神宮寺が目を覚ましそうだ。


無意識に顔を背けようとしたが、彼女をもっとじっくり見ようと、いつの間にか起き上がり、彼女の傍らにしゃがみこんでいる自分に全く気づいていなかった。


身体がバランスを失い、私は地面に座り込んだ。


きょろきょろと辺りを見回す。まるで悪事がバレた子供のように、どうしていいかわからず、結局神宮寺の視線と合ってしまった。


「ねえ、さっきずっとこっそり見てたでしょ!」彼女は不気味な笑みを浮かべた。 「私があなたを助けて、住む場所も提供してあげたのに、これが恩返し?飼い主への?」神宮寺はもうベッドから起き上がり、私を叱責する。 「私、私」


口を開けて言い訳をしようとしたが、彼女の言うことがすべて事実だと気づく。


「可愛い?」彼女は突然、優しい口調に変えて聞いた。 「とても可愛いよ」


私は無意識に心の中の答えを口に出してしまい、鼓動がさらに速くなり、恥ずかしそうにうつむいた。


「視覚侵犯は執行猶予付きの判決ものよ。路頭に迷いたくなければ、完全に私の小さな野良猫になりなさい」


神宮寺は再び厳しい口調に戻った。


私は何度も頷き、素早く自分の布団に戻って彼女を見つめた。


神宮寺が枕を抱え、裸足で床を踏みしめる様子は、夜更けに人の住まいを訪れる猫妖を彷彿とさせた。


「新しい環境で怖いでしょう?」彼女は問答無用で私の布団に潜り込んできた。


彼女の吐息がまともに顔に吹きかけられる。


私は素早く体を翻し、胎児のような姿勢に丸くなる。


彼女がぴったりと寄り添ってきたのを感じる。背中に、彼女の胸の柔らかな曲線がはっきりと伝わってくる。


彼女は突然ひざで私の腿の裏を押さえ、温かい吐息がうなじにかかる。「野良猫の体温は高いのね」


「そして、こんなにすけべで」 「発情期の野良猫ってわけね」


綾が上からのしかかってくる重みが、再び男性だった記憶の躁動を呼び覚ます。


「これは飼い主からペットへのおやすみのキスだよ」彼女は突然私の耳朶を軽く噛んだ。


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