第4話『主婦、切り札を召喚す』*
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### **第四話『主婦、切り札を召喚す』**
スーパー『オアシス』の入り口は、既に戦場と化していた。
煌々と輝く「タイムセール開催中!」の電光掲示板目掛けて、屈強な鎧の戦士や、素早い軽装の盗賊、そして私たちと同じくフライパンや買い物カゴを武器にした主婦たちが、怒涛のように流れ込んでいる。
「だめだ…!完全に乗り遅れた!」
「すごい人だよ、お母さん!精肉コーナーまでたどり着けない!」
菜々美の言う通り、人波はまるで巨大な壁だ。普通に突っ込んでも、弾き返されてしまうだろう。時計を見れば、タイムセール開始から既に3分が経過している。限定30パックの豚肉は、風前の灯火だ。
(ここまで来て、諦めるわけにはいかない…!私の生姜焼きが…!酢豚が…!)
万事休すか。そう思いかけた瞬間、私の脳裏に、ある男の顔が浮かんだ。
家でテレビを見ながら、ポテトチップスをのんびり食べているであろう、我が家の主。私の夫。
「…こうなったら、奥の手よ」
私は決意に満ちた顔で、スマホを取り出した。
「え?」
「よーし!お父さんを召喚するわよ!」
「はぁ!?お父さんを!?何言ってるのお母さん、ここはダンジョンの中だよ!?」
菜々美の困惑を無視し、私は夫の電話番号をタップした。数コールの後、のんびりとした声がスピーカーから聞こえてくる。
『もしもしー?どうしたー?今、ちょうど刑事ドラマがいいところなんだけど』
「あなたッ!!」
私は、夫の鼓膜が破れるのではないかというくらいの声量で叫んだ。
「緊急事態よ!今すぐ、『ため息の洞窟』の第三階層、スーパー『オアシス』の入り口まで来て!」
『えー?ダンジョンの三階層?無理だよ、俺、レベル1の一般人だぜ?』
「問答無用!もし5分以内に来なかったら、あなたが大事にしてる昔の走り屋時代のトロフィー、全部メルカリに出品するわよ!」
『…すぐ行く!』
一方的な要求を叩きつけ、私は電話を切った。
「お母さん、無茶苦茶だよ…。お父さん、どうやってここまで来るのさ」
「大丈夫。あの人は、やればできる子よ。特に、自分の趣味が絡むとね」
果たして、本当に来るのだろうか。半信半疑のまま待つこと、きっかり4分30秒。
ダンジョンの入り口の方から、今まで聞いたこともないような轟音が響き渡ってきた。
**ゴゴゴゴゴゴゴ…ブロロロロロロロッ!!**
地響きと共に、通路の壁が震える。冒険者たちが「な、なんだ!?」「ボスモンスターか!?」と騒ぎ始める中、その音は猛烈なスピードで私たちに近づいてくる。
次の瞬間、通路の角から、ありえないものがドリフトしながら飛び出してきた。
「「「車!?」」」
銀色の、我が家のミニバンだった。
しかし、その姿は普段のファミリーカーのそれとは全く違っていた。
車高はベタベタに落とされ、タイヤは岩場も走れそうなゴツいオフロード仕様に。フロントにはカンガルーバーが取り付けられ、屋根にはサーチライトが煌々と輝いている。
ミニバンは、人混みのわずかな隙間を縫うようにして、私たちの目の前にキキィィッ!と停車した。
運転席のパワーウィンドウがウィーンと下がり、サングラスをかけた夫が顔を出す。
「よぉ、待たせたな。道中、スライムがフロントガラスにへばりついて大変だったぜ」
その姿は、まるで特殊部隊の隊員のようだった。
「お父さん…!?」
「なんで、車でダンジョンの中に…」
呆然とする菜々美に、夫はニヤリと笑った。
「男の愛車はな、主のピンチに駆けつけるようにできてるんだよ。…で?俺は何をすればいい?」
私は、スーパーの入り口を指さした。
「精肉コーナーまで、私たちを送り届けて!」
「ミッション、了解」
夫は私たちを助手席と後部座席に乗せると、シートベルトを締めるように促した。
「しっかり掴まってな!」
アクセル全開!
ミニバンは、エンジンを咆哮させながら、人混みの中へと突っ込んでいく!
「うおおおっ!?」
「車が突っ込んできたぞー!」
しかし、夫の運転は神がかっていた。
屈強な戦士の鎧の脇をミラーを畳んでギリギリですり抜け、主婦たちの買い物カートの隙間をジグザグに駆け抜ける。
まるで、モーセの十戒のように、人波が左右に割れていく。
「見えた!精肉コーナーよ!」
「よし、最終コーナーだ!」
夫はサイドブレーキを引き、鮮やかなスピンターンでミニバンを精肉コーナーの真横に停車させた。
遠心力でドアを開け、飛び出す私。
商品棚には、奇跡的に2パックだけ、あの輝く豚肉が残っていた。
私はそれを鷲掴みにすると、高らかに天に掲げた。
「ミッション、コンプリート!」
背後では、スーパーの店員に「お客様!店内での車の乗り入れはご遠慮ください!」とこっぴどく叱られている夫の姿があった。
それでも、私の心は達成感で満ち溢れていた。
我が家の切り札は、フライパンでも、重曹でもなかった。
ローンがまだたっぷり残っている、この改造ミニバンと、それを乗りこなす夫(お父さん)だったのだ。
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