第6話:同盟ルールの最終調整?

――まただ。まだ終わらんよ。


隣の二人、今度は何やら“同盟の詳細ルール”を詰め始めている。

オレは耳をそばだてながら、恐る恐るグラスを傾けた。


玲奈が指を組み、まるで取締役会のような口ぶりで言う。

「ではまず――“ランチ同行権”についてです。これは公平に週1回ずつで割り振りましょう」


亜紀がすぐに異議を唱える。

「週1じゃ足りないでしょ! 直也くんは昼間、そもそも忙しいんだから。そこは“二週ごと交代制”にすべきよ」


(……ちょ、待て待て。ランチ同行を“交代制”って何だよ。仕事のシフト調整じゃねぇんだぞ!)


玲奈はあくまで冷静に続ける。

「……交代制。まぁ合理的ですね。ただし、“ディナー同行権”については、私の専有とします」


亜紀が机を軽く叩いて反論する。

「はぁ? 直也くんは夜に甘やかされたいタイプなの。だから私が絶対に行くべき!」


「Class B株として“ディナー同行権”は占有する事が条件ですね。Golden Shareに条件変更して差し上げても良いですけど」


「はぁ?何言ってるの!まず私たちの間で特別決議事項を定義する必要があるわ。そんな一方的な条件でDealさせるつもりはない」


(……いやいやいや! 夜の“ディナー同行権”って何!? ていうか、Golden ShareとかClass Bとか、もう完全に投資会議だろ! この二人、本気でリソース配分を始めやがった!なんなんだよ、この特別決議事項って。それにDealするとかしないとか、もうおかしすぎるだろ。そんな恋バナするヤツいねーよ)


玲奈がため息をつき、さらりと新案を出す。

「いっそ、“保奈美ちゃん訪問権”と合わせて――まずガントチャート化しましょうか」


亜紀が真剣にうなずく。

「それなら週末の“義妹接触枠”は共同訪問に限定。単独訪問は禁止ね」


(……ガントチャート!? 義妹との交流をプロジェクト進捗管理みたいに扱うな! もう完全に一ノ瀬直也のスケジュール、ERPシステムに入力されそうな勢いじゃねぇか!)


さらに追い打ちをかけるように、玲奈が声を潜める。

「いずれ、ランチ・ディナー・訪問権については、相互にSlack上でのホウレンソウを明確に義務付け、その“横取り”が発生した場合には――」


亜紀が笑みを浮かべて答える。

「――即刻、協定違反として制裁発動ね」


二人は声を合わせて笑った。


(……制裁!? なんだその北大西洋条約みたいな合意は! この二人、恋バナをしてるのか、安全保障会議をしてるのか、もう分かんねぇよ!)


亜紀と玲奈は更に現状のライバルに関する認識をすり合わせし始めた。


亜紀は不敵な笑みを浮かべながら、

「気の毒だけど莉子さんはシードラウンドで退場って感じかしら」


「まぁ、そこは異存ありませんね。なるべく早々に決着をつけて差し上げましょう。それが彼女のためというものですよ」

玲奈も笑顔で応じる。


亜紀は頷き、

「そうすると、シリーズA、Bくらいまでは、麻里に注意する必要があるわね」


(おい!シリーズAとかBとか、もう恋愛の話しでなくて、資本政策の話しになっているじゃねーか。それにしても莉子って幼馴染も酷い言われだな。……もうオレは莉子を応援したくなってきたぞ)


しかし玲奈が反論する。

「外部から別プレイヤーが参画するリスクは否定できません。特に街丘由佳さん。麻里だけを見ているのは危険です。あの美魔女の持っている色香というのは、侮れません」


(街丘由佳って、あの日本GBC史上最年少の美人女性部長かよ。もう何なんだよ、一ノ瀬直也ってのは。どんだけフェロモンムンムンなヤツなんだ)


亜紀もそこは同意のようだ。

「いずれもステークスホルダーであるというやっかいな要素があるのは事実ね。……例えば日本GBCは主として私が、DeepFuture AIは玲奈が、それぞれ『窓口』である、という設定をしてしまい、ダイレクトに直也くんにアプローチできないようにすれば……」


玲奈が頷く。

「……それなかなか良いですね。『直也はグローバル統括PMなので、個別の対応は基本的に私たちが補佐役として対応させていただきます』と言えば、少なくとも先方も否とは言い難くなる。――その隙にそれぞれのバリエーションを希薄化させてしまえばいいですよ」


(なんだよ、その“恋のバリエーション希薄化”って。もう怖すぎだろうが)


亜紀は玲奈を見ながら言った。

「つまりシリーズA・Bステージで麻里と由佳さんを希薄化して、私たちの何れかが頂上決戦する。そして保奈美ちゃんが大人になる前にIPOすればいいのよ」


玲奈は目を細めた。

「現状、東証へのIPOは魅力的とは言い難いですから、IPOというよりもEXITという表現の方が妥当では?」


そして亜紀と玲奈の二人は握手をした。――一応Dealしたらしい。

そしてその後に信じられない事を言い出しやがった。

「今回のフライトがプレエコで飛ぶ最後の機会ですね。次からはビジネスクラスだから、この狭いシートともお別れですね」

ああ、そうかよ。オレはもうずっとプレエコだぞ。


「次から直也くんはファーストクラスね」

マジか。もう絶対、一ノ瀬直也は許せねぇな。嫌いだそんな二十代半ば。


オレは深く椅子に沈み込みながら思った。

(……五井物産のバリキャリ女子は化け物か。仕事でも恋愛でも“同盟・協定・制裁・資本政策”。――こりゃウチの雙日じゃ一生勝てる気がしねぇ……この二人はDealしても、オレのハートはBreakだよ)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る