第13話 おっさん、帰る
その瞬間、荒野に聞き覚えのある声が響いた。
「【絶・対・障・壁】!」
巨大な漆黒の盾が、邪神の瘴気を受け止める。
「何っ!」驚愕する邪神。
「そーれ!」
人影は逆に障壁を発射し、アルリョートに叩きつける。
「うがぁっ!」
地響きとともに、完全に不意を突かれた邪神は具現化した障壁の下敷きになった。
「……ったく見てらんねぇ」
「お、お前は……」ガルドは目の前に現れた男に驚愕する。
「ゼクス!」
その男は、かつて瘴気に呑まれ、ガルドに打ち破られた『銀狼の牙』のリーダー、ゼクスだった。
「エスティと」
「フローマもいるよ」
ゼクスの背後から、かつてのパーティメンバーたちも現れる。
「……俺も」
「お、お前……!誰だっけ」
「ハルト……」
「ああそう、ハルト!だがお前たち、捕まって王都に送られたはずじゃ」
「そう。そして瘴気に蝕まれていた俺らの肉体は、ほどなくして牢獄で消滅した。今の俺等はただの浮遊する瘴気だ。なんで意識があるのかも分かんねぇ」
「……」
「そんな顔すんなって。自分で言うのもなんだが、自業自得なんだから」
「俺等に、復讐しにきたか」
「ある意味、な」
「……」
「おい、ミナっていったか」
ゼクスはミナに向き直る。
「な、なによ」
「【反発瓶】持ってるか」
「うん、雷の試練後に作ったよ」
「【融合】、できるな」
「できる、けど、それが何か」
「フローマ」ゼクスが呼ぶ。
「はいはい、【回復】」
フローマは時間遡行をミナのポーチに唱えた。と、同時にポーチの中が輝き出す。
「中を見てごらん」
言われるまま、ミナはポーチを開ける。そこにはかつて魔狼との戦いで失った、あの水晶が入っていた。
「こ、これ…!」
「今のあなたなら、壊さず使いこなせるはずよ」
「ふ、フローマさん……はい!」
「なぜだゼクス、なぜ俺たちにここまでする?」
ガルドに問われ、ゼクスは少し考えて答えた。
「うーん、今思うと、俺、あんたが羨ましかったのかもな」
「羨ましかった……?」
「あんたのスキルは確かに地味で、効果も『守るだけ』だ。しょぼい、カッコ悪い」
「ゼクス」
「まぁ聞けよ。だがあんたにはそれを補って余りある『知識』と『経験』があった。ドラゴンとの戦い、洞窟の崩落、あんたの的確な指示がなきゃ全員死んでた。俺は、リーダーなのにただ混乱して何もできない自分が情けなかった。だから」
と、邪神に投げた障壁がひび割れ、崩壊する。
「ちっ、もうお目覚めか」
ゼクスが舌打ちする。
「女、やることはわかってるな」
「うん……」
「そっちの魔法使い、お前は魔力供給だ」
「わかった。あんたの指示に従うなんてシャクだけどさ」
「それでいい、せいぜい悔しがれ」
ゼクスは薄く笑った。
「さぁ、銀狼の牙、見せ場だぜ」
「ぐ……不覚を取った。だが」
起き上がった邪神の前に、ガルドたちが立ちはだかる。
「ふ、ふふ、何をしても無駄だよ。僕に攻撃は」
「【鉄壁】」
ガルドは静かに唱えた。
黄金の光がガルドを包む。
「おばあちゃん、護って」
ミナが水晶を握りしめ、念じる。
「【融合】」
水晶の光が輝き、ガルドに「反射」属性を付与する。
「ミナ」
ゼクスに促され、ミナは反発瓶を投げる。意識を持つ4つの瘴気に、「反発」属性が付与された。
「な、何だ、何をするつもりだ」
「……【融合】」再びミナが唱える。
ゼクスたち瘴気体が、ガルドの輝きに吸い込まれていく。
「ま、待て、まさか」
アルリョートが狼狽する。
「反射」ガルドが呟く。
その瞬間、轟音とともに「反発」属性を付与された、巨大な【瘴気の弾丸】が発射された。
【瘴気の弾丸】は、同じ瘴気で出来たアルリョートの体と反発しあい、風穴を空け、爆音とともにはるか向こうの大地を吹き飛ばした。
「ば、バカな……」
アルリョートは、自分の身体に出来た風穴を、信じられないといった顔で見つめる。
「ゼクス……!」
砕けた弾丸はガス状になり、フワフワと浮遊している。
ざまぁ。
ゼクスの声が聞こえたような気がした。
今回は俺が一歩先を行ったな、ガルド。
お前が考えもつかなかった戦法で、ボスを撃破してやったぜ。ざまぁ。
漂う瘴気が、消えた。
「バカが」ガルドは唇を噛み締め、呟いた。
ざっ、と三人がアルリョートの前に立ちはだかる。
「ま、待ちなよ」
アルリョートが声を上ずらせる。その腹に開いた風穴からは、しゅうしゅうと瘴気が霧散しはじめている。
「こ、こうしよう。僕は向こうの世界に戻る。君たちが生きてる間は帰ってこない。君たちは願いを叶えて幸せに暮らす、どうだ?」
「俺たちがいなくなった後は?」
「またこっちに来る……かもしれないし、来ないかもしれない。でも君たちには関係がないだろ?」
「ガルド、あたしやっぱコイツ嫌いだわ」
「俺もだ」
「私も」
ガルドは7つの珠を並べる。アルリョートは先に願いを言ってやろうとしたが、口が溶け始めて話せない。
「俺たちの願いは一つだ」
「闇の化身よ」
「消えてなくなれ」
「永遠に!」
ガルドが言い終わると同時に、邪神の背後に次元の裂け目が現れて、吸い込み始める。
「バカな、この僕が、人間ごときにぃ!」
邪神は粉々にされながら裂け目に吸い込まれていき、完全に消えると裂け目も消滅した。
「3重にかけた封印だ。二度と戻ってくるんじゃねぇぞ」
「うーん……」声のしたほうを振り向くと、ガーディアンとサイエンが、元の姿に戻っていた。
「みんな!よかった!」
「おお、リリス殿。あいつがいない、ということは……」
リリスはにぱっと笑って親指を立て、ガーディアンたちがわあっと歓声をあげる。
「やったんですな!ついに!」
「この気持ち……これが……ウレシイ……」
思い思いに喜ぶガーディアンたちの頭上に、光が差し込む。
見上げると、アグヘイロの天井が砕け、青空と光の城が覗いていた。
「あれは、クリスタリオン!」
「終わったのね、ついに」
「うーん」ガルドは中年らしく伸びをしてから、力強く宣言した。
「んじゃ、帰るか!お疲れ様でしたー!」
「おーっ!」
全員の歓声が、天から舞い降りた光の中で響き渡った。
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