第2話 おっさん、水浸しになる

ガルドとミナは、ミナの住む小さな村にたどり着いた。緑豊かな集落は薬草の香りに満ち、村人たちはミナを温かく迎え入れた。魔狼を倒したガルドの話はすでに広まっており、村人たちは彼に感謝と好奇心の視線を向けた。



「ガルドさん、ゆっくり休んでね! おばあちゃんが、めっちゃ美味しいご飯作ってくれるよ!」ミナは笑顔でガルドを自分の家に案内した。



「うちの孫を助けてくださり、ありがとうございます、勇者様」品のいい老婦人がガルドを迎える。

「いや、勇者なんかじゃねぇですよ、俺は」

ガルドは照れくさそうに頭をかき、久しぶりの人の温もりに胸が熱くなった。



だが、休息は長く続かなかった。その夜、村の外れで不気味な水音が響いた。ガルドは剣を手に家を飛び出し、ミナもポーチを握って後を追う。村の広場では、若者が怯えた声で叫んでいた。「魔物だ! 水を操る魔物が…!」



広場の端には、巨大な水の怪物がうごめいていた。体長5メートル、人型だが全身が水でできた【水鬼】だ。触手のような水の腕が家々を浸し、村はみるみる水浸しになっていく。ガルドは舌打ちした。「ちくしょう、なんでこんな時に…!」



「ガルドさん、私、援護する!」ミナが小瓶を取り出す。「煙幕弾をくらえっ!」ミナは瓶を投げつけたが、水鬼の水流は煙幕を瞬時に洗い流す。ガルドはミナを背に剣を構えた。「ミナ、離れてろ! こいつは魔狼の比じゃねえ!」



その時、宿屋から飛び出してきた女が、鋭い叫び声をあげた。「そこのおっさん、どいて!」

ガルドが振り返ると、赤いローブを翻した若い女性が立っていた。20歳前後、燃えるような赤毛をポニーテールに束ね、鋭い青い瞳が水鬼を睨んでいる。彼女の手には杖が握られ、先端が魔力で光っていた。



「誰だ、お前!?」

「 炎の魔法使い! リリスよ!あんたたち、邪魔だから下がりなさい!」リリスは敵を見据える。「くっ、水属性モンスター……炎は不利……でも、やるしかない!」リリスは杖を振り、呪文を唱えた。



「【烈焰弾】!」彼女の杖から放たれた炎の球が水鬼に直撃したが、水鬼の水流が炎を瞬時に消し、蒸気が上がるだけだった。「やっぱりだめ、こいつの水は炎を飲み込む!」



ガルドはリリスの前に立ち、剣を構えた。「なら、俺が30秒時間を稼ぐ。お前、最高に強力な一撃を準備しろ!」



「は!? おっさん、だからあたしの炎じゃこいつは倒せないんだって…」リリスは自嘲したが、ガルドの真剣な目に心が動いた。「…ま、いいわ。30秒、耐えなさいよ!」 



ガルドは頷き、スキルを起動した。「【鉄壁】!」彼の体が淡い光に包まれ、絶対防御の領域が展開される。水鬼の口から吐き出された激流がガルドを襲うが、【鉄壁】はそれを完全に防ぐ。ガルドは衝撃に耐えながら、リリスに叫ぶ。「いけ!リリス!」



リリスは杖を掲げ、膨大な魔力を集め始めた。「最大魔法……準備に時間かかるんだから、絶対持ちこたえてよ!」



ミナが木の陰から叫んだ。「ガルドさん、頑張って! リリスさん、私も手伝う!」ミナは回復薬の瓶をガルドに投げ、彼の体力をわずかに回復させる。だが、水鬼の猛攻は止まらず、【鉄壁】の効果時間が切れる。

激流がガルドを直撃し、彼は吹き飛ばされた。



「ぐあっ!」

「ガルドさん!」ミナが駆け寄ろうとするが、リリスが制止する。「下がってなさい!おっさんも無理しないで!」



ガルドは血を吐きながら立ち上がった。「…まだ…終わってねえ…!」彼の目には、かつてのパーティに裏切られた屈辱と、ミナを守りたいという決意が宿っていた。



リリスはそんなガルドを見て目を丸くし、わずかに微笑んだ。「へえ…やるじゃん、おっさん」リリスは杖を構える。「おっさん、ちょっと離れて!」リリスの声にガルドが素早く距離を取る。



「いくよ!【溶岩河】!」

水鬼の周りに溶岩の奔流が出現する。前進しようとした水鬼の足がジュッと蒸発し、怪物がひるむ。「これでしばらくは時間を稼げる!いったん逃げるよ!」リリスが叫び、三人は走り出した。



戦闘を一時中断し、ガルド、ミナ、リリスは村の外れに退避した。ガルドは傷を押さえ、ミナに回復薬を塗ってもらっていた。



「ごめんなさい、間に合わなかったわ」リリスが目を伏せる。

「仕方ねぇ。今は準備を整えよう。しかし、お前、なんでこんな村に? 炎魔法使いなら、王都あたりで高給で引っ張りだこだろ」



リリスは杖を地面に突き、冷たく答えた。「……追放されたのよ。前のパーティからも。都からも」

ガルドの目が鋭くなる。「追放? 理由は?」

「私の魔法が…強すぎたから」リリスは自虐的に笑った。



「私の最強魔法【業火の裁き】は強力だけど、制御が難しい。一度、誤って味方を巻き込んだ。それで、『危険な女』って烙印押されて、ギルドからも王都からも追い出されたの」



ミナが驚いた顔でリリスを見た。「そんな…リリスさん、すごい魔法使いなのに……!」

「すごいだけじゃ、誰も認めてくれないわ。この世界、やったことがすべてよ」


リリスの声から、彼女が深く傷ついた事を感じる。ガルドは静かに頷いた。「…俺も同じだ。防御スキルが『役立たず』だって、仲間から捨てられた」



リリスはガルドをじっと見つめ、初めて柔らかい表情を見せた。「…あんたも、か。なら、なんでまだ戦うの?」

「こいつがいるからだ」ガルドはミナをちらりと見た。「ミナが俺を必要としてくれた。……お前も、誰かを守りたいって思う限り『もう終わり』なんてことはねぇぞ」



「……そんなのいないし。バカみたい。」リリスは目をそらし、呟いた。「でも、ちょっと、悪くないかも」

ミナが手を握り、リリスに微笑んだ。「リリスさん、私たちと一緒に戦おう! ガルドさんの【鉄壁】とリリスさんの炎、絶対最強だよ!」



リリスは一瞬驚いたが、すぐに笑った。「……ったくあんた、押しが強いわね。いいわ、一緒にやってやる!」


水鬼の周囲の溶岩が少しずつ冷えていき、水鬼が再び動き出した。村の中心で水を巻き上げ、まるで津波のような咆哮を上げる。ガルド、ミナ、リリスは広場に戻り、決戦の準備を整えた。



「リリス、さっきの炎魔法をもう一度!お前への攻撃は俺が防ぐ!」ガルドが剣を構える。

リリスは杖を握りしめ、顔を曇らせた。「……無理よ。私、炎魔法しか使えないの……水鬼に炎なんて、消されるだけ……」彼女の声は震え、先程の失敗が頭をよぎっていた。



ガルドはリリスを睨み、声を荒げた。「いいから俺を信じろ! 自分の一番の魔法をぶちかませ! お前の炎が弱いわけじゃねえ! 必要なのは、自分を信じる力だ!」



リリスの目が見開かれた。ガルドの言葉が、彼女の凍りついた心を溶かしていく。「……あんた、ほんとバカみたい…でも、やってやるわ!」リリスは杖を掲げ、決意を新たにした。



ミナが目を輝かせた。「大丈夫! 私の【調和】なら、ガルドさんの【鉄壁】とリリスさんの炎を合体できる!」

「合体!? そんなことできるの!?」リリスが驚くが、ミナは自信満々に頷く。



ガルドはミナを信じ、頷いた。「ミナ、やってみろ。俺もリリスも、お前にかける!」

水鬼が右腕の触手をガルドに巻き付ける。彼は【鉄壁】を発動し、水の触手を防いだ。ダメージはないが、ガルドの体がミシミシと音を立てる。「くそっ、このまま効果時間が切れたら、俺ぁバラバラだぜ……!」



「ガルドさん、頑張って!」ミナが左手を掲げ、叫んだ。「【調和】!」眩い光を放ち、ガルドとリリスの体を包み込んだ。ガルドの【鉄壁】が金色の輝きに変わり、ガルドの正面の輝きがまるで凹レンズのように変形していく。



リリスの杖が共鳴し、炎の魔力が爆発的に増幅される。

「な、なにこれ…!? 私の炎が…制御できる!」リリスは驚きながらも、杖を振り上げた。「必殺!【業火の裁き】!」



通常なら水に消される炎魔法が、ミナの【調和】によってガルドの【鉄壁】と融合した。金色の凹レンズ型のバリアがリリスの炎を吸収し、それを極限まで凝縮。レンズが太陽光を集めるように、熱を一点に集中させ、零距離で水鬼の体を貫いた。



「グギャアッ!」

水鬼の水の体が一瞬で蒸発し、巨大な蒸気の爆発が広場を包んだ。熱波が水鬼を焼き尽くし、断末魔の悲鳴とともに消滅した。村は水浸しだったが、熱で水が蒸発し、被害は最小限に抑えられた。



爆風が収まり、村に静寂が戻った。ガルドは膝をつき、ミナが駆け寄る。「ガルドさん、大丈夫!?」

「…ああ、なんとか…」ガルドは息を切らし、リリスを見た。「お前、すげえ炎だな」



リリスは杖を握りしめ、信じられないという顔でつぶやいた。「…私の炎が、こんな風に……ミナ、あんたのスキル、ヤバすぎるわ」

ミナは照れ笑いした。「えへへ、ガルドさんとリリスさんがすごいからだよ!」



村人たちが集まり、ガルドたちに感謝の声を上げた。水は引いて、村は救われた。リリスは少し気まずそうにガルドを見た。「……バカみたいな作戦……ほんとバカ……でも……ね、私、しばらく一緒に旅してもいい?」



ガルドは笑った。「お前みたいな火力、歓迎だ。ミナ、どうだ?」

「もちろん! リリスさん、仲間だよ!」ミナがリリスの手を握り、三人は笑い合った。



同じ頃、遠くの街の酒場では、「銀狼の牙」のメンバーが重苦しい雰囲気の中で酒を飲んでいた。今日も任務に失敗し、パーティには重苦しい雰囲気が漂っている。その時、酒場の隅から怪しげな男が近づいてきた。黒いフードを被り、顔の半分が隠れている。男は低く笑い、ゼクスに声をかけた。「銀狼の牙、だろ? 最近、調子が悪いって噂だね」



「何!? てめえ、誰だ!」酔ったゼクスが剣に手をやるが、男は手を上げて制した。

「まあ、落ち着け。僕はただ、いい儲け話を持ってきただけだ」男は袋から金貨を一つ取り出し、テーブルに置いた。「ある貴族が、危険な遺跡の探索を依頼してる。報酬は…この金貨の100倍だ」



エスティが眉をひそめた。「そんな話、怪しすぎるわ。何か裏があるでしょ」

男は肩をすくめた。「裏? そりゃ、危険な魔物が出るってだけさ。だが、君たちなら楽勝だろ? 銀狼の牙の名誉を取り戻すチャンスだ」



ゼクスは金貨を手に取り、貪欲な笑みを浮かべた。「…いいぜ、話に乗ってやる」

男のフードの下で、冷たい笑みが広がった。「賢い選択だ。明日の夜、街の北門で待ってるぜ」

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