【完結】スキル「鉄壁」しか使えないので追放されたおっさん、新しいパーティで無双する〜実はこのスキル、組み合わせ無限大〜

すくらった

第1話 おっさん、追放される

酒場の喧騒は、ガルドの心を締め付ける鉄の鎖のようだった。



38歳の冒険者、ガルド・ヴァルトは、薄汚れたテーブルに突っ伏し、空のジョッキを握り潰す勢いで掴みながら、睨みつけていた。



ぼさぼさの黒髪、無精ひげ、擦り切れた革鎧――かつて「鉄壁のガルド」と呼ばれた男の面影は、今やどこにもない。



「クソくらえ…みんなくそくらえだ…」ガルドの呟きは、酒と憎悪に濡れていた。



一週間前、彼は冒険者パーティ「銀狼の牙」から追放された。リーダーの若き剣士ゼクスが、冷酷な笑みを浮かべて言い放った。



「お前みたいなオッサンはもういらねえ。スキルも時代遅れだしな」



魔法使いのエスティも僧侶のフローマも、ガルドを庇わなかった。エスティに至っては、「新しい戦士のほうがずっと使える」と嘲笑さえした。



ガルドのスキルは【鉄壁】。敵の攻撃を一定時間完全に防ぐ、防御特化のスキルだ。派手さはない。



炎を纏う剣や天空を裂く魔法に比べれば、地味でしかない。だが、ガルドはこれまで何度もパーティを絶望から救ってきた。



山賊の奇襲、ドラゴンの炎、崩落する洞窟――彼の【鉄壁】がなければ、全員が死んでいた場面を、ガルドは数え切れないほど知っている。



なのに、だ。「ハルトの【烈火斬】があれば、攻撃を受ける前に敵を一掃できる。お前のスキルなんて、ただの時間稼ぎだ」とゼクスは吐き捨てた。



ハルト、ゼクスより年下の金髪の新入り。ギルドで「次代の英雄」と囃される攻撃特化の戦士だ。ガルドの誇りは、その一言で粉々に砕かれた。



「俺が…俺がいたから、あいつらは…!」ガルドはジョッキを叩きつけ、酒場を飛び出した。冷たい夜風が彼の頬を切りつける。



行く当てはない。貯金は底をつき、冒険者ギルドの登録も抹消された。この街に、彼の居場所はもうなかった。


街を遠く離れ、ガルドは深い森の奥に足を踏み入れていた。月光が木々の隙間から漏れ、地面に淡い光の模様を描く。



ガルドは倒木に腰を下ろし、空を見上げた。星空は美しかったが、彼の心は闇に沈んだままだった。

「もう….…終わりだ……」その呟きが、まるで彼の人生の墓碑銘のようだった。



だが、その瞬間、背後でガサッと音がした。ガルドは反射的に剣を抜き、振り向く。そこに立っていたのは、敵ではなかった。



「うわっ、びっくりした! あなた、誰!?」

それは若い女性だった。20歳ほどに見える、亜麻色の髪を緩やかなツインテールにまとめた女性だ。



大きな緑の瞳が、月光の下で宝石のように輝いている。簡素だが動きやすいチュニックに、腰には薬草や道具が入ったポーチ。左手には不思議な文様の入った腕輪を付けている。彼女の雰囲気は、村の薬師というより、どこか冒険者の気配を漂わせていた。



ガルドは剣を収め、再び倒木に座り込んだ。

「……ガルドだ。お前こそ、こんな森の奥で何してんだ? 危ねえぞ」



女性はふわりと微笑み、ポーチからハーブの束を取り出した。「私はミナ。薬草採りにきたの。この森には、希少なハーブがたくさん生えてるから」



ガルドは眉をひそめた。夜更けの魔物出没地帯に、若い女が一人でいるなんて、正気の沙汰ではない。「ここはこんな時間にうろついていい場所じゃねえ。魔狼でも出たら、どうすんだ」



「ふふ、大丈夫よ。私、魔物くらいならなんとかなるわ。ほら、これ」ミナはポーチから小さな小瓶を取り出し、得意げに見せつけた。「私が作った煙幕弾。これがあれば、魔物もそう簡単には近づけないの」



ガルドは鼻で笑った。「そんなチャチなもんで魔物が逃げるかよ。さっさと帰れ」だが、ミナはまるで聞かず、隣に座って興味津々にガルドを見た。



「ねえ、ガルドさん、冒険者よね? その剣、めっちゃかっこいい! どんなスキル持ってるの? 教えて!」

「……うるせえな。スキル? 【鉄壁】だよ。クソくらえの防御スキルだ。なんの価値もねえ」



ガルドの声は自嘲に満ちていた。だが、ミナは目を輝かせて彼を見つめた。「防御スキル? それ、めっちゃすごいじゃない! 仲間を守れるんでしょ? かっこいいわ!」



「守っても、誰も感謝しねえ。攻撃スキル持ってるやつがチヤホヤされるだけだ」ミナは少しむっとした顔でガルドを睨んだ。


「そんなことないよ! 守るって、めっちゃ大事! 私のおばあちゃんが言ってた。『攻撃は花火、防御は礎』って!」



ガルドは言葉に詰まった。この若い女性の真っ直ぐな言葉が、凍りついた彼の心に小さなひびを入れた。だが、すぐに現実は彼を嘲笑う。森の奥から、低く唸るような咆哮が響いたのだ。



「……ガルドさん、あれ、魔狼…!」

ミナの声がわずかに震える。ガルドの背筋に冷たいものが走った。「魔狼だと? ちくしょう、群れで来るぞ! ミナ、隠れろ!」



ガルドは剣を抜き、ミナを背後に庇った。月光の下、藪をかき分けて現れたのは、三匹の魔狼だった。赤い目が闇の中で燃え、鋭い牙が唸りを上げる。



ガルドは内心で舌打ちした。魔狼は単体なら自分でも倒せるが、群れとなると話は別だ。ましてや、今の彼は酒で体が鈍り、装備も酒のために売り払ってしまい、今はただの革鎧しか身に着けていない。



「ミナ、俺が時間を稼ぐ。そこの木の陰に隠れて、隙を見て逃げろ!」

「でも、ガルドさん…!」

「いいから、行け!」



ガルドは叫び、スキルを発動した。「【鉄壁】!」彼の体が淡い光に包まれ、どんな攻撃も防ぐ絶対防御の領域が展開される。効果時間は30秒。この短い時間で、ミナを逃がさなければ。



魔狼が一斉に飛びかかってきた。ガルドは剣を構え、牙と爪の猛攻を受け止める。【鉄壁】のおかげでダメージはゼロだが、衝撃で体が軋む。一匹、二匹、三匹……

 


「ガルドさん、危ない!」

ミナの叫び声。ガルドは思わず振り返る。それは【鉄壁】の効果時間が切れた瞬間と同時だった。



敵は三匹ではなかった。背後から迫っていた四匹目の魔狼の爪が彼の肩を深く切り裂き、鮮血が月光を染めた。

「ぐああっ!」

「ガルドさん!」

ガルドは膝をつき、剣を地面に突き立ててなんとか体を支える。



ミナは逃げず、ポーチから小さな瓶を取り出し、地面に叩きつけた。瓶が割れると、緑色の煙が噴き出し、魔狼たちが怯んで後ずさる。

「ミナ、てめえ、逃げろって……!」

「嫌よ! ガルドさんが死んじゃう!」



ミナは涙目でガルドの腕を引っ張り、彼を木の陰に引きずり込んだ。煙のおかげで魔狼は一時的に近づけないが、効果は長く続かない。ガルドは肩の傷を押さえ、苦しげに息をついた。血が地面に滴り、意識が遠のく。



「お前……なんで……俺なんかを…」

「だって、ガルドさん、私を守ってくれた! だから、私も……ガルドさんを守る!」

ミナの声は、震えながらも確かな決意に満ちていた。その言葉が、ガルドの心の奥に沈んでいた何かを揺さぶった。誰かに必要とされる感覚。誰かを守りたいという、かつての自分。



「……ったく……お前、生意気だな……」

ガルドは立ち上がり、剣を握り直した。肩の痛みは限界を超えていたが、ミナの涙を見れば、逃げる選択肢はなかった。ミナがポーチから小さな回復薬の瓶を渡す。「これ、飲んで! 私の特製よ!」



ガルドは一気に飲み干し、傷がわずかに癒えるのを感じた。魔狼の咆哮が再び近づいてくる。ガルドはミナを背に、剣を構えた。



「ミナ、俺が前衛だ。お前、後ろから援護しろ。できるな?」

「うん……! 私、頑張るよ!」



戦闘が再開された。ガルドは剣を振るい、ミナを庇いながら魔狼の猛攻を凌ぐ。ミナは薬瓶を投げ、煙幕や毒液で魔狼の動きを封じる。二人の連携は、まるで運命に導かれたかのように息が合っていた。



「ミナ、いいぞ! 右から来るやつを狙え!」

「任せて!」

ミナの投げた毒液が一匹の魔狼の目を直撃し、ガルドがその隙に剣を振り下ろす。魔狼が悲鳴を上げて倒れた。「まず一匹! 残り三匹だ!」



だが、魔狼の攻撃は止まらない。【鉄壁】のクールタイムが明けるまで、ガルドは生身で戦うしかない。魔狼の一匹がミナに襲いかかる。

「きゃあっ!」

「ミナ!」

ガルドはミナを庇うように体を張った。爪が彼の背中を切り裂き、新たな血が地面を濡らす。


「ぐあっ!」

「ガルドさん!これで!」

ミナが叫び、水晶をガルドの真上に放り投げた。「おばあちゃん、力を貸して! 私、ガルドさんを守りたい!」左手の腕輪が輝き、それと共鳴するように水晶が眩い光を放つ。



水晶は砕け散り、まるで星が地上に降りたかのように森を照らした。光はガルドの体を包み込み、彼の【鉄壁】が勝手に発動した。



「な…なんだ、この力…!?」

ガルドの体を包む光は、いつもよりはるかに強力だった。【鉄壁】のバリアは攻撃を防ぐだけでなく、魔狼の爪を跳ね返し、逆にダメージを与えている。ガルドは直感した。ミナのスキルが、【鉄壁】を進化させたのだ。



「ミナ、お前は一体!?」

「私のスキルは【調和】! 他の人のスキルを……強くするの!」

「強くする……だと? これ、ただの強化じゃねえぞ!」



ガルドは剣を振り上げ、強化された【鉄壁】の反撃効果で二匹の魔狼を屠った。バリアの光が森を切り裂き、魔狼の咆哮を圧倒する。


ミナが最後の毒瓶を投げ、残る魔狼の動きを鈍らせると、ガルドが渾身の一撃でとどめを刺した。

戦闘が終わり、森に静寂が戻った。ガルドは剣を地面に突き立て、息を切らす。ミナはへたり込み、涙を浮かべながら笑った。



「……やった……勝った!ガルドさん、すごい…! かっこよかった!」

ミナの笑顔に、ガルドは照れくさそうに頭をかいた。「お前がいたからだ。……ミナ、ありがとな」



夜が深まり、ガルドとミナは近くの村までの道を歩いていた。ミナは自分の村にガルドを招き、そこで休息できると提案したのだ。ガルドは一瞬迷ったが、行く当てのない自分には、これ以上の選択肢はなかった。



「なあ、ミナ。お前の【調和】、とんでもねえスキルだな。俺の【鉄壁】があんな風になるとは……」

「私のスキル【調和】はね、二つのスキルを融合させることが出来るの。私が【投擲】で投げた水晶を、ガルドさんの【鉄壁】と調和させて、一時的に防御壁を、ダメージ反射の追加効果付きにした、って感じかな」

「ダメージ反射って、めちゃくちゃなレアスキルじゃねぇか。一時的とは言え、そんなに…!」

「でも、ガルドさんのスキルがもともとすごかったのよ!でもあの水晶、おばあちゃんにもらった、滅多に手に入らないものだから、もうあんなことは出来ないけどね……」

「そりゃ、悪いことをしたな」

「ううん、いいの。誰かを守るために使えたなら、それで」

「そうか……でも、アレだ。お前と組めば、俺、なんか……まだやれる気がする」



ミナは目を輝かせた。「ねえ、ガルドさん! 私と一緒に冒険に出ない? 二人なら、絶対すごいことができるよ!」

「冒険者、ね…」ガルドは空を見上げた。追放された屈辱、仲間への怒り、そしてミナとの出会い。すべてが彼の中で渦巻いている。「……いいぜ。一緒にやってみるか」

ミナは飛び上がって喜んだ。「やった! ガルドさんと私、最強のパーティよ!」



同じ頃、街の冒険者ギルドでは、「銀狼の牙」のメンバーが重苦しい雰囲気の中で酒を飲んでいた。ゼクスは苛立たしげにジョッキを叩きつける。

「ちくしょう、なんでハルトのやつ、ドラゴンの鱗すら斬れねえんだよ!」

ミリアが冷たく言い放つ。「あんたがガルドを追放したからでしょ。あいつの【鉄壁】があれば、ドラゴンのブレスも防げたのに」

「うるせえ! あんなオッサン、いらねえって言ったろ!」



だが、内心、ゼクスも不安を感じていた。ハルトの攻撃力は高いが、防御が脆く、すぐに怪我をする。パーティのバランスが崩れ、依頼の失敗が続いている。ギルドでの評判も落ち始めていた。

「…ガルドのやつ、今頃どこで何してんだろうな」

ゼクスのつぶやきに、誰も答えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る