第45話 家族の崩壊そして再生への道
一条誠司が帰宅した瞬間、それまでリビングを支配していた重く息苦しい沈黙は、激しい嵐へと姿を変えた。和恵が泣き腫らした顔で誠司を迎えると、彼は事の全てを察し怒りを通り越した絶望に近い感情を抱く。僕と陽菜は向かい合って座り、彼の冷たい視線を一身に浴びる。僕が告白した言葉の全ては、彼の心に突き刺さり、父親としてのプライドを深く傷つけたのだろう。彼は娘を溺愛していた。将来の道まで約束されていた陽菜が、僕のせいで回り道をしなければならなくなったという事実に、誠司の怒りは燃え盛っていた。
「お前は娘の人生をどうしてくれるんだ!」
誠司の怒号が部屋中に響き渡る。その声は氷のように冷たく、その怒りに震える声は、僕の心を直接抉るかのようだった。彼の背広から香る微かなコロンの匂いが、僕には社会という巨大な壁のように感じられた。誠司はソファから立ち上がり、僕の目の前に仁王立ちする。その威圧感に、僕は息をするのも苦しい。陽菜は僕の隣で、顔を真っ青にして震えていた。彼女の瞳からは、恐怖と、そして後悔の涙が溢れ出している。
「なぜうちの娘が約束された道から外れなければならないんだ!」
その悲痛な叫びに、僕は返す言葉がなかった。全ては僕の過ちだった。僕の無責任な行動が、この最悪の事態を招いた。僕は逃げない。陽菜の未来は僕が背負う。その覚悟だけは揺るがない。僕はただ頭を下げることしかできない。その時、誠司は怒りで振り上げた拳を、僕の顔に振り下ろした。鋭い痛みが頬を走り、唇の端から血が滲み出る。しかし僕はその痛みにも怯まず、決して目を逸らさなかった。
「陽菜さんの未来の分まで俺が背負います。だからどうか許してください」
僕は殴られながらも、ひたすら土下座して懇願し続けた。僕の隣で陽菜もまた、床に膝をつき、父にすがりつく。
「私が決めたことなの!蓮と一緒に、私たちのやり方で夢を叶えるの!」
陽菜の泣き声が、誠司の怒号と混じり合う。その壮絶な音は、僕たちの家族が崩壊していく様を物語っていた。誠司は陽菜のその姿を見て、これ以上何を言っても無駄だと悟ったのだろう。怒りで振り上げた拳は、行き場をなくしてゆっくりと下ろされた。彼の怒りと絶望が渦巻く中、二人の揺るぎない覚悟が、誠司の心を打ちのめしていく。和恵もまた、嗚咽を漏らしながらその光景を見守っていた。親たちも、これが罰ではなく、彼らなりの人生の選択なのだと、認めざるを得なくなっていく。
リビングは、修羅場と化していた。血を流しながら頭を下げる僕。涙を流しながら父にすがりつく陽菜。そして怒りと悲しみに打ちのめされる両親。しかしこの崩壊の先に、僕たちの再生への道が待っていると僕は信じていた。僕たちは一人ではない。二人でこの困難を乗り越え、新しい家族の形を築く。その覚悟だけが、僕たちを支えていた。そして、誠司が下ろした拳は、僕たちへの許しの第一歩だったのかもしれない。僕たちの戦いはまだ始まったばかりだが、この夜を乗り越えれば、きっと未来は開ける。そう信じながら、僕たちはただ、静かに誠司の言葉を待っていた。
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