第44話 父への告白
和恵に告白をした翌日、帰宅した誠司に僕たちはもう一度、重い告白をしなければならなかった。和恵が泣き腫らした目で誠司を迎えると、彼はその異様な雰囲気に眉をひそめる。陽菜は僕の隣に座り、僕の手を強く握りしめていた。その手が冷たく汗ばんでいる。僕の心臓も激しく鼓動し、もう正常な状態ではなかった。リビングに流れる空気は、和恵に告白した時よりもずっと重く、息苦しい。一条誠司という男は、会社の役員を務める厳格な人物であり、彼にとって何よりも大切なのは、娘である陽菜の将来だった。
「誠司さん…話があるんです」
和恵が震える声でそう口を開いた。誠司はソファに座り、僕たちをじっと見つめる。その瞳は鋭く、まるで僕たちの心の奥底まで見透かされているかのようだった。僕は陽菜の手を強く握りしめ、言葉を絞り出す。
「陽菜さんのお腹に、僕たちの子供がいます」
僕の言葉は、和恵に告白した時と同じだった。だが、誠司の反応は和恵とは全く違っていた。彼は絶句し、瞳を大きく見開いた後、怒りを通り越した絶望に近い表情を浮かべる。ソファから立ち上がると、僕の目の前に仁王立ちする。彼の背広から香る微かなコロンの匂いが、僕には社会という巨大な壁のように感じられた。
「お前は、娘の人生をどうしてくれるんだ!」
誠司の声は、氷のように冷たく、怒りに震えていた。その声は、僕の心を直接抉る。彼は陽菜を溺愛している。将来有望な娘が、僕のせいで回り道をしなければならなくなったという事実に、彼は怒りを通り越して絶望に近い感情を抱いていた。その悲痛な叫びが、僕の心を深く苛む。
「なぜうちの娘が、約束された道から外れなければならないんだ!」
彼の言葉は、父親としての悲痛な叫びだった。陽菜は推薦された大学を蹴り、通信制の大学で社会福祉の勉強をするという決意を固めた。それは彼女自身が選んだ道だ。しかし、誠司にとってそれは、僕に娘の輝かしい未来を傷つけられたという事実に他ならない。僕は彼の怒りに耐え切れず、ただ頭を下げることしかできない。
「ごめんなさい…」
僕がそう呟くと、誠司は怒りで拳を震わせた。彼は僕を殴りつけるかもしれない。その恐怖が僕の心を支配する。だが、僕は逃げない。陽菜の未来は僕が背負う。その覚悟だけは揺るがない。僕はただ、誠司の怒りが収まるのを待つしかなかった。
陽菜は僕の隣で、顔を真っ青にしていた。父の怒りが自分に向けられているわけではないとわかっていても、その威圧感に耐え切れずにいる。彼女の瞳からは、恐怖と、そして後悔の涙が溢れ出していた。この告白は、僕たちの家族を完全に破壊した。和恵は嗚咽を漏らし、誠司は怒りに震えている。リビングは、修羅場と化し、僕たちの未来は、暗い闇の中に閉ざされたかのようだった。僕たちは、この絶望的な状況をどう乗り越えればいいのか、まだ答えを見つけられずにいた。
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