第20話

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 ロベルトは二人に言われテーブルに座ると、二人は巻物のような紙をテーブルに広げて楽しそうに笑う。

 広げられた巻物には魔法陣が書いてあり魔力を感じる。二人は巻物に手をかざし、ゆっくりと慎重に魔力を注いでいくと、巻物から魔法陣が静かに浮かび上がっていく。


 ロベルトは声をあげそうになるが、二人が結構慎重だったので邪魔をしてはいけないと思い何とか堪えて見守っている。

 空中に浮かび上がった魔法陣は淡く光を放ちながらゆっくりと回転。初めて見る光景にロベルトの胸が高鳴り、二人が目を見つめ合って頷くと「おいで」と二人の声が重なる。

 




 すると魔法陣が眩しく光を放ち――

『ニャ』とロベルト家の猫が姿を表す。





「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ?!こぉちゃん?!こぉちゃんじゃん」

「ニャ」

「こぉちゃんが喋ったあああああああああ?え。え。こぉちゃん喋れるようになったん?天才だと思ってだけど本当に天才じゃん」

「ニャニャ」

「え。精霊だったの?!凄いじゃんこぉちゃん。あれ――なんだろうこれ。めちゃくちゃ嬉しいのに勝手に涙が出て来るんだけど」


 ロベルトの頬に涙が流れる。


 ロベルトへのサプライズは召喚魔法でロベルトの家族である、こぉちゃんを連れてくることだった。

 実は皆で大輝の店に行った日、ロベルトはこぉちゃんの話をし、大輝を除く全員がロベルトの額にある『ぺったん』を知っていたので、食事した後にノリノリでロベルト宅に会いに行った。


 その時、ロベルトは精霊の声が聞こえてない、マナの覚醒をしていなかったので、沙希、みなみ、沙耶、麗奈、透は普通にこぉちゃんと話をして、サプライズしようよという話にまで進展し、現在に至る。

 本当はロベルトの気になっていたぺったんを教えるはずが、ロベルトが予想外にマナの覚醒をし、精霊の話がわかるようになったので軽くネタバレをしてしまった。


「あ。あの時、皆がこぉちゃんと話してたのってこれの事だったん?」

「ニャ」

「そうかそうか。いやまさかこぉちゃんにまでサプライズされるとはな」

「テッテレーサプライズ大成功なん!」

「みんなしあわせなサプライズだね」

「もう二人とも!ゔ、ゔぅ、ぐすっ、だ、ず、げ、でー涙が止まんねーんだけど!」


 ロベルトが落ち着くまで沙希がぺったんについて説明するというので、ロベルトはこぉちゃんを膝の上に乗せて、優しく撫でながら話を聞く。



 ぺったん。



 ぺったんは二人が言っている俗称みたいなもので村では精霊刻印と呼ばれている。

 精霊刻印は精霊契約を結んだ時に精霊から渡されるもので普通ならば目立たないような位置や形状をしている。麗奈などは左手の小指に精霊刻印をしてあり、ロベルトのように額にというのは結構珍しい。

 ただ精霊刻印自体は実際の目で見ないと見えないし、見える人自体の数は極めて少なく、その人のマナを視るつもりじゃないと見えない。

 だから二人が最初に会った時にはぺったんに気付かず、ロベルトに魔法が使えないと言われ、しっかりとマナを観察した時に初めてぺったんの存在に気付いたのだ。


 そしてこぉちゃんが精霊契約を結んだ経緯は、ロベルトが幼少の頃に近所に住んでいたらしく、遠くから見守っていると、ある日を境にロベルトの母親がロベルトを抱えて病院を巡る日々が続いた。

 こぉちゃんが気になって見てみるとロベルトはマナの異常で危ない状況だったようで、ロベルトを救う為に一時的に契約を結んだようだ。


「ありがとうこぉちゃん。こぉちゃんには救ってもらってばっかりだな!」

「ニャ」

「ガハハハ。そうか俺も楽しいぜ!」

「いい話なんなー!ぺったんがおでこにある以外は」

「ぷっ。そうそう!おいたんらしくて良いと思うよ。ぷふっ。ぷぷ」

「沙希ちゃん?何で笑ってんの。それ俺のこと見ながらもう一回言って!ねぇ沙希ちゃんこっち見てよ!何でそっち見てんのさぁ」


 そして精霊契約後の話をこぉちゃんが話していく。


 精霊契約後もこぉちゃんはいつも通り遠くから見守っていると、ロベルトの母親に突然話しかけられ、

「貴方があの子を助けてくれたのね。本当に、本当にありがとう」

 と、言って泣き崩れたそうだ。

 こぉちゃんは突然話しかけられたことに驚いたけど、ロベルトの母親が本能というか勘でこの件を気が付いたことにびっくりしたという。


 こぉちゃん曰くロベルトの両親は精霊を認識したり、話せるような人ではなかったらしく、ダンジョン自体の存在も当時住んでた場所には無かったので不思議な体験だったようだ。

 それからこぉちゃんはロベルトの母親に何度も話しかけられ、いつの間にかロベルトの家に迎えられた。

 ロベルトの幼少期は両親が忙しくて家を開けることが多く、ロベルトはその時からこぉちゃんに色々と話を聞かせていて、毎日が楽しかったとこぉちゃんは話す。


「影猫の一族が誰かと一緒に住むのは珍しいことなんなー」

「え。影猫の一族ってこぉちゃんのこと?」

「そうだよー!影猫の一族も守護者なんだ」

「ニャ」

「すごいじゃんこぉちゃん!カッコいいしましまに可愛らしいまんまるお顔、それで守護者なんて、もう最強じゃんか!」

「ニャ」


 こぉちゃんがドヤ顔で応えるとロベルトが目尻を下げ撫でまわす。


 影猫の一族は主に地上で活動している守護者の一族で、人間には一番馴染みの深い精霊。

 昔話などで語られている猫の話や妖怪とかの話も、実は影猫の一族による悪戯ややらかしだったりする。

 誇張された物語に猫が多いのも結局は影猫の一族が原因で、精霊達の中でも自由奔放な性格を持つ。


 長年一緒にいるロベルトはその性格を理解しており、ロベルトがこれまでに住んできた家は窓に固定するタイプの魔道具をはめ、外からいつでも出入りを自由にしてある。

 そしてマンションを借りる時もこぉちゃんがいつでも散歩に行けるようにと、一階か二階に限定して借りてきた。


 こぉちゃんはロベルトが探索している時は迷宮都市を散歩して歩いている。お気に入りの場所で昼寝したり、近所に住む猫の様子を見たり、景色のいい所で街を眺めたり、精霊達と話をしたりとその活動範囲は広い。


「お散歩してたから沙耶姉とこぉちゃんは顔見知りだったんなー」

「え。そうなの?」

「沙耶姉がねーお酒のおつまみを買った帰りに、匂いで猫さんが寄ってきてねーそれで沙耶姉が猫さんに囲まれて、泣きながらこぉちゃんに精霊さん助けてーって言ってたんだって」

「ニャ」

「おかあたんにその話聞かれて怒られてたんだー」

「沙耶姉は大体の生き物にいつも下に見られてるからねー!」


 それから二人はせっかくお話ができるようになったんだからと、ロベルトを気遣い部屋でこぉちゃんと話をするよう勧められた。 

 ロベルトは部屋に入るといつもの体制でこぉちゃんを膝の上に乗せて初めての会話を楽しむ。

 話したいことや聞きたいことが、ロベルトもこぉちゃんも山のようにあり話は尽きない。

 和やかで温かい空気に包まれ夜は過ぎていく。







 ▽▼▽







 一方、魔法士協会本部。

 今日、魔法士協会は開設時以来の慌ただしさだった。


 まず、沙希とみなみとロベルトが襲撃された直後、本部ビルを囲むように黒子様――探索者協会の職員――が現れ、ビル内の各フロアにも相応の人数が配置。厳重な警戒体制を敷かれ、本部の空気がひりつく様な緊張感に包まれる中、数分後には警察が現れ十数人の職員が逮捕連行。


 夕方から夜にかけては全国の支部から神妙な面持ちで責任者やA級魔法士が続々と集結。

 彼、彼女らは魔法士協会初代会長の一声で急遽本部に呼び出されていた。

 その様子を見た魔法士達は皆、魔法士協会にとって深刻な事態であることは容易に想像でき、最悪の状況をも想定する者もいた。


 そして夜二十時。一人の女性が本部に到着。




 魔法士協会初代会長――木乃次 紫音。




 紫音が本部に到着すると待機していた黒子達が一斉に最敬礼。そして各支部長達もロビー前にて横一列に並び頭を下げる。その表情は皆一様に強張り、恐れが滲むようだった。

 紫音は支部長達に対し諦めにも似た表情を浮かべ、一言も声をかけることなく通り過ぎていく。


 久しぶりに本部に姿を見せた紫音の容姿は九年の歳月を経ても変わらず自信に溢れており、知性的で上品な立居振る舞いは相変わらずの麗しさを備えていた。

 紫音が魔法士協会を引退しても彼女を慕う者が多く、紫音の突然の来場に驚き、皆、嬉しそうな表情を浮かべていた。

 紫音は中央ロビーを通り抜け会議室へと足を進めた。


 そして二十一時。麗奈と透が到着。


 予想外の重鎮の来場に職員達は慌て、魔法士協会の未来を悟った。そんな職員達の心労と不安を察して麗奈は和やかな雰囲気で職員達に接し、別れる時には、

「心配しなくても大丈夫よ。上手くやるから安心して、今までより確実に良い環境になるわ」

 と、声をかけて会議室へと向かう。

 職員達は心底安堵した表情を浮かべながら頭を下げて麗奈と透を見送る。



 二人が向かう会議室には約五十人ほどの人数が集まっており、各支部の責任者を務める者達と現役の魔法士達が集結。会議室後方には席がなく立って見学している者達もいる。

 会議は二十時から紫音の主導にて開かれており、会議室は驚くほど静かだった。

 というのも今日のこの場は議論を交わす場ではなく、決定事項を淡々と伝えていく場所であり、その内容は魔法士協会の解体についての説明。

 紫音から魔法士協会という組織は八月末日を持って終了することをすでに伝えてあり、会場内の雰囲気はすでに重い空気が流れていた。


 そんな空気の中、麗奈と透が会議室に入るとまず氷漬けの五人の男が目に入った。麗奈と透は無言でその内の一人の元へと歩み進め、その前で立ち止まる。

 麗奈と透の表情は怒りに溢れていた。

 目の前にいる凍りついた男こそが魔法士協会の会長でもあり、狙撃の指示を出していた黒幕の東條。


「紫音姉さん。こいつ殺していい?」

「あらあら。麗奈さん物騒ですわよ?気持ちはわかりますが落ち着きましょう!」

「姉さん?」

「うふふ。私が視ましたところ、そのクズ――あらやだ私ったら。えーと、その方、どうやら駒の一つみたいでしてね」


 紫音は特殊魔法で精霊達のようにマナを視ることが出来る。体内のマナの流れや濁り、歪みまで正確に把握することができる為、体内の異物や不調も手にとるように分かる。

 そして紫音が東條を視た時に脳内に異物があった。詳細を調べないとまだ分からないが、紫音は今までの経験から東條は単なる駒に過ぎないと判断。その他の四人にも同様の異物があるので間違いはないと踏んでいた。


「あー。なるほど。そういう事なら紫音姉さんに任せます。ところでこいつらこのままで会議するんですか?」

「ええ。皆さん暑いでしょうから涼んでもらおうと思いまして!うふふ」

「涼しくはなりませんよ?他の皆がやりづらいから回収してもらいますね。ところで紫音姉さん。何ですかその喋り方。今更取り繕っても皆知ってるんだから手遅れだと思いますよ」

「ふふ。あらまあ麗奈さんったら御冗談がお上手ですこと」

「姉さんごめん。ちょっとトラウマになりそうだからもうその辺にしてくれないかな」

「…………チッ、何だよ麗奈も透も頭がかてぇなー!じゃあ皆、大魔法士の二人が来てくれたから行儀良くしてろよ!二人に関しては説明は不要だよな。知らねーとか言ったらぶっ飛ばすぞ!ここからは新組織について説明していく、聞き逃すんじゃねぇぞ!」


 紫音の口から新組織という言葉が出てから、出席者の目に活力が戻っていく。不安を滲ませた表情から一転、期待に満ちた顔つきへと変化していった。


 今回、麗奈が呼ばれている理由は新組織の立ち上げと魔法士達の技術向上の為。


 紫音が会長を退任してから魔法士の熟練度は緩やかに下がっていき、決定的だったのが探索者協会と混合チームを結成した時、その時の魔法士達のレベルが明らかに低かった。

 まず探索者達と同じB級とは思えないほど連携が出来ず、魔法への理解も練度も著しく低い。

 その為に直ぐにでも手を入れて幾つかの施策を実施する必要があった。


 まず魔法士のレベルが低くなっているのは現場に出て魔法を使わない、魔法を使う頻度が著しく低いのが理由の一つでもある。

 魔法士協会が請け負っている公共機関の仕事も魔法士じゃなくても出来る仕事が多く、中には一週間一切魔法を使わなかったという仕事も多数存在している。

 そのような仕事が魔法士達が魔法を使う機会を奪い、魔法士達の成長を止めている。新組織ではそれらの仕事を全て排除し他の企業へと振り分けていく。


 そして魔法士クラス――階級――の見直しと徹底した現場講習。とりあえず魔法士協会には実力以上のクラスについている者が多数おり、基準を探索者と同一にしないと死傷者がでる可能性が高いのと、魔法の練度があまりにも低いので現場講師付きで実戦訓練させる必要がある。そこで即時に動ける対応力や状況判断力を養い、魔法士としての成長を促す。


 その他、グループ分けをして得意分野を伸ばす為に行う施策や、新たな可能性を見出す為に行う施策、また基礎から魔法を改めて学びたい者には沙希やみなみが幼少の頃にやっていた遊びを交えた魔法勉強会など、様々な施策を用意し、大学の講習のように自由に選択しながら、魔法への理解を深めていく。


 麗奈が語る様々な施策、試みに出席者達は熱を帯びていき、目を輝かせていた。

 麗奈はしっかりと魔法士達を見据え、


「新しく作る組織は魔法士達が主役よ。知ってると思うけど精霊の公表によって、これから新しい時代が始まるわ。マナの覚醒で魔法が上達する人が増えて、魔法士たちが輝きを放つ。もう既に舞台は整っている、貴方達次第よ。これからは研鑽し努力し続ければ一日でトップまで駆け抜けることができるそんな時代になる」


 麗奈の言葉に魔法士達が深く頷く。

 そんな素直な魔法士達を見て麗奈は優しい微笑みを浮かべる。


「1135回。この数字はみなみが小さい頃にドラゴンを倒したいと言って挑戦した数字よ。あの子達は世間で天才とか言われているけど、しっかりとした積み重ねがあっての結果。あの子達のように魔法に真っ直ぐに向き合えば、マナは必ずそれに応えてくれる。貴方達魔法士には無限に可能性があるのよ?後悔しないように頑張りなさい」


 続いて職員達の方へと見向き、


「そして新しい時代は職員達の力がとても重要な鍵。ここにいる紫音姉さんは私やパーティーメンバーを育て、黒子達を育て、沙希やみなみまで導いて、魔法士協会を作り上げた人。紫音姉さんから学び吸収しなさい、貴方達のトップは世界でも類を見ない人、これは貴方達が大きく成長する絶好の機会でもあるのよ。そして約束する、新組織は質の良い仕事を評価し正当な報酬を支払うことを、貴方達が真っ当に仕事が出来る環境を用意することをね」


 麗奈と透が言葉を重ねていくと魔法士達と職員達は目に光を宿していく。未来への期待と変革への確かな信頼。


 魔法士達は新たな時代への突入に胸が高鳴り、魔法士の最高峰でもある麗奈の参入に期待が膨らみ、魔法士の実力を上げる為に用意された様々な施策に感嘆の声を上げる。

 職員達もまた同様だった。 

 上司の機嫌で仕事の評価が決まったり、実力や実績を評価されない職場、それが魔法士協会だった。

 麗奈は探索者協会で既に幾つもの施策を実施し実績を残している。

 魔法士協会のようなコネや根回しが上手いだけの人物が出世出来るような環境ではなく、探索者協会は本当のプロの集団だ。

 だからこそ麗奈に対する信頼も深い。


 そしてこの会議室には魔物防衛対策室の室長である佐伯とシステム情報部部長の綾部も出席していた。


 つい数時間前にあれこれと予想していたことが現実となり、初めは絶望感に深く陥っていたが、紫音、麗奈、透の三人の話を聞くうちに後ろ向きな考えは霧散していき、今は二人とも前のめりになって話を聞き入っている。

 実に練られた施策ばかりで、まさに現在の魔法士協会に必要な対策を取り入れ、かつ無駄な部分は躊躇なく削減。相当な時間をかけて用意していたのだろうと佐伯は思案し、聞き入っていた。



 三人の話はまだまだ続き、魔法士協会の今日の夜は長い。

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