第12話
012
「あっ!見つけたー」
沙希がそう言うと草葉が生い茂る一帯に走っていく。
それから沙希は小山のようになっている草葉の前で立ち止まり、空中に向かって「こんにちわはー」と元気に挨拶をし頭を下げる。
これにロベルトが混乱。
沙希が突然何もないところで挨拶を始め、それに続いてみなみまでもが空中にある一点を見つめて挨拶し手を振っている。
二人の視線の先が一致している。
ロベルトは目が悪くなったのかと思い、目を擦り、再び二人の視線の先を見てみるがそこには何も無かった。
そうこうしていると沙希が空中に向かって話しかけた。
「案内係さーん」
「……」
「へー。そうなんだ!大変だねー。沙希はね初めて来たんだー!」
「……」
「そんなに前なんだ。退屈してたの?」
沙希が誰かと会話をしている。
探索中に幻覚にでもかかったかと勘違いしたロベルトは自分の頬を力一杯ひっぱたく。
痛かった――力加減を間違えた。
そんなロベルトの奇行を見て、みなみがゲラゲラ笑い「精霊さんとお話してるんだよ」と教えてくれた。ロベルトは驚きすぎてとんでもない表情を配信画面に晒してしまう。
俄かに信じがたい。
ロベルトは精霊が存在するなんて話、これまで一度も聞いたことがなかった。
勿論、探索者界隈でも精霊が実在するという話は過去を遡ってみても記録なんか無い。
ロベルトは高鳴る胸の鼓動を抑えるように胸に手を当て、何度も息を大きく吐きだす。
そうでもしないと興奮で倒れそうだった。
沙希が魔法鞄から魔石を取り出し、視線の先――空中にいる精霊へと魔石を差し出す。
すると魔石が沙希の手のひらから離れ、空中に浮かぶ。それから魔石がくるくると円を描き次の瞬間、スッと魔石が消えていく。
「うおー!スゲェー!」
「おいたん。急にびっくりするんよー!」
「ごめんごめん」
「精霊さんもびっくりしてたよー!」
「あ。精霊さん本当ごめん!いや何かもう嬉しくなっちゃって!」
「おいたんはまだまだ子供なんなー」
そんなロベルトに沙希とみなみが笑っていると、二人の目線がロベルトの頭上へと置かれた。
どうかしたと二人に聞くと、精霊がロベルトの頭上に停まっているらしい。
そして突然沙希が「違うよー」と精霊に反応し、何のことか分からないロベルトは首を傾げる。
「沙希ちゃん。精霊さんに何か聞かれた?」
「えーとね。おいたんは森の住人かしらって聞かれたー」
「似てる子がいるんだってー!」
「ぐぬぉぅぉ。精霊さん、俺一応人間ですからね!」
「精霊さんおいたんのこと気に入ったみたいだよー」
「しゃあぁ!」
精霊は人間と距離を取る。それは人間達との凄惨な過去があるから。
しかしロベルトに精霊が懐いた。
それは精霊が人間の体内を巡るマナを視ることが出来るからであり、詳しくいえば精霊はマナの中に組み込まれた悪しき思想や感情、または欲求を歪みや濁りとして捉えることができ、恐らくロベルトにはこの歪みが無いから、精霊が懐いたのだろう。
「精霊さんおいたんのこと褒めてるよー!」
「そうそう!綺麗なマナだって。沙希も初めておいたんと会った時、綺麗なマナだなぁって思ったんだー!」
ロベルトが照れながら御礼を言うと沙希とみなみが茶化す。
それから三人は精霊に案内され小山のようになっている草葉の前に立つ。
するとアーチ状の炎が現れ瞬く間に消える。
消えた炎の場所には、人が屈んで入れる大きさの草葉のトンネルが出来上がっていた。
精霊がトンネル内に歩み三人が後に続く。
草葉トンネルの中はまるで違う世界、異次元に来ているようで、見渡す限り虹色の彩色で埋め尽くされその空間には天井も地面も壁もなかった。
そして上や下という認識すらもなくなるような不思議な感覚。
『虹色の道』
この時、全ての探索者がこのダンジョンにつけられた名称の意味を深く理解した。
基本ダンジョンは第○ダンジョンと発見順に名称が決まるが、最初に踏破した者に名称を決める権利が与えられている。二十年近くの時を経て、ようやくダンジョン名の謎が明かされた。
それからトンネルに入ってからしばらくすると見えなかった精霊が姿を現す。
今日、初めて世界中が精霊という生物を認識し初めてカメラの前に姿を見せた。
案内してくれている精霊はペンギンのような体つきの真っ白な精霊で歩く姿がとても可愛らしい。
二人の話では精霊は多種多様な姿形をしており、大きい精霊だとロベルトの身長を遥かに超える個体もいるのだという。
それと精霊が見えて話ができる人がいないと、この精霊の案内する道は使えないよと二人は念のために釘を指す。
ロベルトはまるで夢の中にでもいるような気分だった。そんな時間はあっという間に過ぎ去り、歩みを進める虹色の道に出口――外の景色が映る四角の窓のようなものが見えてくる。
どうやらあそこが終着点のようだ。
その場所から一歩踏み出すと見慣れた森林の景色が三人を待っていた。
精霊とはここでお別れ。
三人で御礼を言い、トンネルに戻る精霊を見送った。
ここでロベルトがコメント欄の盛り上がりに気付く。
『すげえええぇぇ』
『なにこれぇぇぇぇうおぉぉ』
『涙で画面があぁぁ』
『まじかよぉおおおおすごすぎ』
『ありがとうありがとう』
『世界初だーー』
『精霊きちゃああ』
『精霊たんかわいい』
ロベルトは一瞬、炎上しているのかと思った。それくらいコメントの流れが早い。普通の人には視認は無理な速度。
しかし身体強化を習得したロベルトにはそれらの内容を把握することが出来た。コメントのほとんどが精霊の存在に関するもの。
驚愕と歓喜。
浮遊する魔石と喜びを表す精霊。突然現れた炎のアーチと草葉のトンネル内の異様な景色。
そして実際に精霊の姿がカメラに捉えられるという奇跡のような数々の出来事。
そして何より驚くのは沙希とみなみが精霊を視認し会話をすることができるという点。
ロベルトはひとまず炎上していないことに安堵し、流れるコメントに「すまん!探索中だからコメントに反応できん」と返し、沙希とみなみの後を追う。
▽▼▽
精霊との出会いという前代未聞の出来事があっても三人は変わらずに探索を進めていく。
二人によればまた他の精霊と会えるし、今日は色々とやってみたい遊びが沢山あるので、とにかく早めに目的地に行きたかった。
それからしばらく探索していると、全方位から魔物が集まって来ていることを察知して沙希が走る速度を落とす。
三人は顔を見合わせて嬉しそうに笑う。
今日、やりたいことの一つが出来そうだ。
三人がやりたかったのが、空中ブランコを作っての魔物退治。実は昨日三人は遊園地に遊びに行き空中ブランコに乗った。そして自分たちで空中ブランコを作ってぶら下がってみたいという話になり、それらに必要な部品も透に作って貰った。
まずは上空にシールドブロックを作り、透に貰った巨大な鉄の輪を用意。鉄の輪はタイヤほどの大きさでこれに魔力糸をつけてぶら下がる。
それから鉄の輪を円柱形に作ったシールドブロックに差し込み、後は各自走ればぐるぐると鉄の輪が回転。これだけで完成だ。
三人は自走式空中ブランコの出来栄えに満足し、それから地上三メートルの高さにシールドブロックで走る為の円形状の足場を作っていく。
この足場から飛び降りると丁度いい高さで空中を回ることが出来る。
「おいたん。楽しみだねー」
「やばい!早く乗りてえ!」
「おいたん。走る方向間違えないでねー」
「もうすぐくるよー!おいたん走ってリング回すよーついて来てー」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお回ってるぜ!回ってる空中ブランコだあああああ」
本家の空中ブランコに遜色ない位よくまわり、魔力糸にぶら下がりながらぐるぐると回っていると、魔物達が突撃してきた。
しかし魔物達は勢いよく回り続ける三人に弾き飛ばされていく。
見た目は小さな空中ブランコ。
しかし次々と魔物達が弾き飛ばされていくのを見て、ロベルトは自分自身がベーゴマにでもなった気分だった。
三人は途中、魔力糸を操作し地上に降りて勢いよく走ったり、魔物を足場にしたり、と色々試したりアレンジを加えながら遊ぶ。
結果、大満足だった。
空を飛びながら魔物を倒しているような感覚で、これまで経験したことのない戦い方。
しかも圧倒的に有利な状況だったこともあり三人は十分楽しめた。
「もう魔物いないんなー」
「ねー。めっちゃ楽しかった!」
「ははは。ちょっと癖になる感覚だった!いや面白かったわ!」
「それ分かる!またやろう!」
「沙希もこれ大好き!またやろうねー」
三人はゲラゲラと笑い合う。
それから沙希が魔法鞄から地図を取り出して行き先を確認。
ロベルトはこの時、初めて地図のルート線が途絶えていた意味を知る。
精霊のトンネルがあるからだ。
沙希の話では先ほど通ったトンネルは入り口と出口が全く別の場所に繋がっているという。
これは転移のようなもので、精霊がいうには先ほど出てきた出口はダンジョンの奥の方みたいだ。
そろそろ昼の時間帯に近づいていたので、三人はとりあえず移動することに。
今日の昼食は沙希とみなみが前からやりたかったことをするようだ。
ロベルトが聞くと内緒と返された。
楽しそうに笑う二人を見て、ロベルトもつられて笑顔を浮かべる。
▽▼▽
魔法士協会を出た神崎雫――小さなダースベイダーはその姿のまま、街中を走っていた。黒いマントを靡かせながら走る姿は周囲の注目を浴びる。しかし彼女はそんなことは気にしない。
沙耶の家までひたすら走った。
雫と沙耶は大学の同級生。もうかれこれ三年以上の付き合いになる。
雫はぐうたらな沙耶のお世話係の一人。
沙耶はとにかく驚くほどに何もしないし、出来ない。掃除、洗濯、料理は子供の方が上手だし、放置しておくといつも大変な事になっていた。
見兼ねた雫が世話を焼いていくうちに友達になり、いつの間にかハウスメイド的なことまでするようになっていた。
雫が沙耶のマンションに着くと合鍵でオートロックを開ける。それからエレベーターを降りて玄関の前に立つ。
合鍵はあるが一応マナーとしてチャイムを鳴らす。寝てるだろうなと思いながら待つこと数秒。
寝起きの沙耶が目を擦りながら玄関を開けた。
「あ、あ。誰なのです?」
「ん。おはよー」
「なんだ雫ちゃんかー。びっくりしたのですよー!寝起きにダースベイダーさんがいるなんて、夢でも見てるかと思いましたよー」
「沙耶。普通は玄関開けない。気をつけて」
雑な挨拶を交わし雫がズカズカと中に入っていき、リビングの扉を開ける。
すると驚愕の光景が二人を待ち構えていた。
リビングにあるはずのソファー、テーブル、ラグマット、食器棚が全て無くなっていたのである。二人はしばらく無言で立ち尽くす。
本当に意味が分からなかった。
沙耶は部屋の中で雫が来るまで寝ていたはず。それなのに大型の家具だけ綺麗に無くなっていることなんて、あるのだろうか。
再起動した雫が沙耶に問う。
「ん。沙耶、今度は何をやらかした?」
「何でやらかした前提なのですかー。わたし何もしてませんよ……多分ですけど」
「記憶は?」
「昨日はそこまで飲みませんでしたから、記憶はあるのですよ。あ、あ。そういえば、沙希みなちゃんが何か言ってたような気がするのです。んー、何だろう。何か返事したような気がするのです!」
「ん。多分それ!なら安心。そんなことより、これ見る!一番大事!」
雫は家具一式が無くなっていたことをばっさり切り捨て、沙希とみなみが使っていたライトセーバーの映像を沙耶へと見せる。
沙耶はそれを見て申し訳なさそうな表情を浮かべた。
雫がスターウォーズが大好きなのは勿論知っていた。そしてライトセーバーを使うことが夢だという事も知っていた。
だけど会社が公表していない開発品を沙耶の口から言えるはずもなく、沙耶は雫のことも含めて麗奈に相談をしていた。
沙耶は麗奈から「いつか公表できるタイミングがあるはずだから、その時まで待ってなさい」と言われていたのである。
その理由も麗奈は説明していた。
まず素材が希少で手元になくて作れない。
そして公表しても色々なリスクがあり、販売するとしても価格は億超え。
一番の理由はライトセーバーを公表しても、恐らく身内以外にまともに使いこなせる人がいないので公表しても詐欺とかCGだとか言われかねない点だろう。
それは会社にとってあまりにも大きいリスクで今後の信用にも関わってくる。
そんな理由があって公表出来なかった。
しかしタイミングよくロベルトが現れた。
身内以外の人物で魔力糸を使い、シールドブロックも作れるようになった希少な人物。
このタイミングで公表すれば世間の納得が得られるだろうと踏み、麗奈は沙希とみなみにライトセーバーを持たせた。
沙耶はこれまで言えなかった経緯と麗奈とのやり取りを雫に全て話した。
「ん。それなら仕方がない。麗奈さんの考えが正しい!」
「ごめんね。だからほら――じゃじやーん!れい姉から雫ちゃんにプレゼントなのですよー!」
「う、うそ?!ゔぁぁぁぁぁぁぁん!ざぁぁやぁぁぁぁだぁぁいしゅゅきぎぃぃぃー」
「痛い痛い!雫ちゃんマスクが顔に当たって痛いのですよー!」
「ゔ、ゔ。だづで……ゔれじぃんだもん。ゔぁぁぁぁぁん。ぅぅぅぇぇぇぇん」
「もう。大人なのですから泣かないで下さいよー。鼻水がマスクから垂れてるのです!」
「ぅぇええええん!ざぁぁゃぁぁぁぁ」
「ごめんね雫ちゃん。わたしも黙っているのは心苦しかったのです。でもれい姉の言う通りだし、ほんとに素材が無かったのですよ!れい姉に相談してから三年。今年やっと素材が集まって、今はロベルト兄さんと雫ちゃんの分しかないので大事に使って下さいね」
今日――神崎雫の夢が叶う。
ライトセーバーが雫に渡され、魔法士神崎雫は誓う。立派なジェダイの騎士になる、と。
雫は涙が止まらなかった。
これまで経験した嫌なことや悲しいことが、この瞬間、報われたような気がして初めて人前で泣いた。
身体が小さいからと蔑まれた日、神崎は悔しくて悔しくて自分が嫌いになった。世の中の全てに絶望し、世の中の全てを恨んだ事もある。
そんな時に道を示してくれたのがマスターヨーダだった。
その日から雫の世界が変わった。
全ての時間を剣と魔法に捧げ、少しずつマスターに近づいていく自分を認められるようになっていった。
雫にとって特別な証。
今日、友から授かった。
しばらくの間、雫は泣き続けた。
そしてようやく気持ちが落ち着いてきた頃。雫はふと思い出し、タブレットを手に取りロベルトの配信をタップ。
何も無いリビングの中央で沙耶と雫の二人がロベルトの配信を見ていると、そこには見慣れたソファーやテーブル、そしてラグマットや食器棚が画面に映し出された。
「あ」
「え?」
二人はそれ以上の言葉が出てこなかった。
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