第34話 柔和な怪物

 凛と同棲していることは、徐々に広まっていく。

 朝、同じ部屋から出ていき、夕方、同じ部屋に帰っていく。

 東郷は別に隠していないのだが、それでもそのような話題は、耳目じもくを集めやすい。

「……♪」

 ゴールデンウィークが間近に迫る中の朝。

 凛はいつも通り、東郷に密着しながらマンションを出る。

 逆側にはクラリッサが居るが、お互い最低限の交流を行うだけで、特に仲良しという訳ではない。

 さながら、東郷は緩衝地帯というべきか。

 入口エントランスの目の前には、黒塗りの国産高級車が停まっている。

 以前はアメリカの大統領専用車―――《ビースト》と同型であったが、東郷が専属の用心棒ボディーガードになって以降は、これだ。

 東郷の「《ビースト》は威圧感が満載で逆に目立って危ない」と意見した所、暴力団側が理解を示し、変更した形だ。

 厳密に言えば、暴力団は自動車を購入することは出来ない。

 法的根拠は、暴力団排除条例の中にある『利益供与等の禁止』である。

 この結果、組員本人名義での新車及び中古車の購入は、2011年10月以降、不可能になっている。

 更にレンタカーの利用も本人名義の免許証では原則として利用が困難という締め付け具合だ。

 もっとも、抜け道も存在する。

 主な方法としては、


・親族等の他者名義

・盗難車

 →事故車等の車体番号を移植する方法、通称『目玉抜き』『ニコイチ』を利用

・暴力団が経営者の中古車販売店の利用


 等だ。

 東郷らが登下校で用いる車は、抜け道で得た可能性がある。

 されど、東郷はそれを詮索せんさくする立場に無い為、盗難車だろうが何だろうが、気にすることは無い。

 自動で後部座席の扉が開く。

「ありがとう」

 先に凛が乗り込む。

「……」

 次にクラリッサ。

「ありがとうございます」

 最後は東郷。

 これがいつもの習慣だ。

 しかし、今日はいつもと違った。

「うっす」

 いつもと違う黒服が車内で待っていた。

「お嬢様、東郷さん。申し訳ございませんが、今日は学校に行きません」

「え?」

 戸惑う凛。

 一方、東郷は緊張した黒服の様子から察する。

「分かりました」

 以前から予想していたことが、現実になったようだ。

「よろしくお願いします」

 頭を下げると、クラリッサが緊張した様子で袖をまむ。

「……」

 表情から察するに彼女も同じことを考えているようだ。

「では、参ります」

 黒服が運転手ドライバーに目配せ。

「はい」

 運転手は頷き、ゆっくりと発進させた。


 高級車は、都心を離れ、郊外に出ていく。

 田んぼに囲まれた畦道あぜみちを走ること、数分。

 田んぼの真ん中に現れた大きな屋敷に入って行く。

「「「おはようございます!」」」

 敷地内に入って行くと、数十人の黒服が独特な姿勢で待っていた。

 中腰で両手を膝に置いての挨拶は、任侠にんきょう映画の一場面ワンシーンのようだ。

(……抗争対策か)

 東郷の興味は、お辞儀よりも周囲の環境だ。

 態々わざわざ都心から離れ、郊外に大きな屋敷を構えているのは、侵入者対策だろう。

 都心に居ると、人が多すぎる分、抗争になった場合、気付きにくい可能性がある。

 逆に郊外のこのような環境だと、迫ってくる者を事前に把握しやすい。

 更に言えば、都心の場合だと、犯罪被害に遭う可能性も否めない。

 近年は暴力団も時に犯罪被害者になりえる時代だ。

 令和7(2025)年1月、佐賀県で元暴力団組員の自宅が闇バイトによる強盗被害に遭った。

 犯人は相手が元暴力団であることを知った状態で襲ったのだから、その凶悪さが分かるだろうか。

 こうしたことがあると、住宅街ではなく、敢えて周囲の状況が分かりやすい郊外の方が対策が取りやすいだろう。

 その上、抗争になった場合も有利だ。

 住宅街の場合だと、最悪の場合、堅気かたぎを巻き込む恐れがある。

 抗争で堅気が死傷した場合、世論を敵に回し、裁判でも使用者責任を問われ、上層部が処罰されかねない。

 だったら堅気に迷惑をかけないように配慮した環境で思う存分、抗争した方が被害は少ないと思われる。

 武家屋敷のような建造物の玄関前に停車すると、待っていた黒服が接近し、丁重に後部座席の扉を開ける。

「……」

 明らかに嫌な顔の凛と、

「……」

 怯えているクラリッサ。

 しかし、東郷は上機嫌だ。

「ありがとうございます」

 2人を車に残し、1人、さっさと出ていく。

「おー……」

 周囲を見渡すと、気付かなかったが、黒服がうろついていた。

 目が合うと、サッと目線をらす。

 彼らが持っているのは、M16自動小銃。

 アメリカで生まれた第二次世界大戦後の米軍を代表とする自動小銃の一つだ。

 この状況だと、RPGも持っているかもしれない。

 最寄りの警察署も単独では対応不可能だろう。

 体制に攻撃的でない所が唯一の救いか。

 建造物の壁に埋め込まれた表札には、紅葉の家紋が意匠計画デザインされている。

 名前も勿論、『紅葉』だ。

「どうぞ」

 黒服が接近し、扉を開ける。

「失礼します」

 物怖ものおじせずに東郷は、すんなり入って行く。

「「「おお……」」」

 一切、躊躇が無い様子に、一部の黒服から驚きの声が上がった。

 自動小銃を引っ提げた黒服に囲まれた状態なのだが、ビビらずに逆に興味津々なのは、強心臓以外の感想は無いだろう。

 黒服の案内のまま、東郷はどんどん奥に入って行く。

 中庭は、日本庭園で古寺こじにあるような美しい枯山水かれさんすい鹿威ししおどしの姿が。

 まるで時代劇の中に居るような感覚だ。

「ほえ~」

 呑気のんきな様子の東郷に対し、周囲の黒服は、

「「「……」」」

 皆、緊張した面持ちだ。

 初めての場所の筈なのに、東郷には一切、怖がる等の反応が見えない。

 それどころか、楽しんでいるようにさえ見える。

 ただ、その目は笑っていない。

 なんだかんだで即応できるようにしているのだろう。

 何しろ刺客の3人を返り討ちにし、挙句の果てにはその死体を徹底的に損壊したのだ。

 その時の映像は、殺人ビデオスナッフ・フィルムとして主に裏社会に出回っている。

 黒服としては、目の前の東郷は、ただの柔和で童顔の高校生ではない。

 殺人ビデオで観た快楽殺人鬼なのだ。

(生き残った1人は行方不明で、噂じゃ拷問で死んだらしいから、こいつの対応には気をつけなくちゃな)

(警察は法の範囲内でしか動けんが、こいつに良心の呵責かしゃくは無さそうだから恐ろしい……問答無用で笑いながら相手の頭を金属バットでフルスイングできる種類タイプの人間だ)

(この世で1番恐ろしいのは、話が通じん奴だからな)

 裏社会で様々な犯罪に手を染めている黒服は、内心、ビクビクしながら丁重に東郷を導くのであった。

 

[参考文献・出典]

 ベストカーweb 2021年8月14日

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