第32話 狼の恋

 一般的に入居には、審査期間がある。

 しかし、東郷らが住んでいるマンションは、比較的それは緩い。

 借主の多くが上流階級等、社会的立場のある人間なので、態々わざわざ審査する必要が無いのだ。

 しかし、身分を偽って滞在していた不法移民が居たことが判明し、現在は以前と比べると審査は厳格になっている。

 それでも外交官を家族に持つ者は、やはり別格だ。

 身分が明らかに保障されている分、マンション側が疑う余地は無いのだ。

「へー……物凄い防犯システムね」

 初めて来たマンションにシーラは、興味津々だ。

 今までは電子錠に頼っていたマンションだったが、事件を機に管理会社が交代し、新たに株式会社・正義アエキウィタスが警備担当になった。

 日本全国に展開する大手警備会社が入ったことで体制は一変。

 全住民を人工知能AIで管理し、共連れ対策に為に入口エントランスに元自衛官や格闘家の警備員を配備。

 また、出入りする業者も事前に身体検査が義務付けられるほどの徹底ぶりだ。

 当然、このような厳しい対応は、「堅苦しい」と一部の住民が反発する可能性がある為、あめも必要不可欠だ。

 住民に安心感を与える為に1階に24時間365日利用可能な総合案内係コンシェルジュを用意し、それでガス抜きを図る。

 防犯強化は住民の命や財産を守ることに努めることができる一方、やはり息苦しさも拭えないので、均衡バランス重視が求められるだろう。

「何部屋もあるのね」

 東郷宅の隣に部屋に取り巻きと共に入ったシーラは、各部屋を覗き込む。

 大家族でも生活可能なほどの部屋数と広さだ。

 入居したばかりなので、家具はマットレス等、最低限しかない。

 土日になれば、買い物に行く為、増えるとしたらその時機タイミングだろうか。

「お嬢様、室内には不審物はありませんでした」

「安心ね」

 シーラが入る直前、取り巻きの駐在武官は事前に室内を確認していた。

 入居した際、気を付ける必要があることの一つが不審物の調査である。

 令和6(2024)年中の検挙状況でも、迷惑防止条例違反の約12%が住宅等で発生している以上、警戒は必要不可欠だ。


   『令和6年中の痴漢・盗撮事犯に係る検挙状況の調査結果』

           撮影罪

   認知件数:7773件   検挙件数:6310件


       迷惑防止条例等違反に係る盗撮

   検挙件数:2013件

       内、156件は住宅等で発生

(出典:警察庁生活安全局生活安全企画課「令和6年中の痴漢・盗撮事犯に係る検挙状況の調査結果」)


 不審物の種類としては主に盗聴器や盗撮気器が挙げられやすい。

 これらは、


・電池

・コンセントタップ

・火災報知器型


 に偽装カモフラージュされ、物によっては備え付けの家電や家具に仕込まれていたり、壁の中に埋められている事例もある。

 設置するのは、以前の入居者や大家、管理人等、様々だ。

 近年はカメラの小型化が進み、以前と比べると、盗撮等に気付きにくくなっている為、実際には警察が把握している以上の被害者が居る可能性も考えられる。

 以前の管理会社が防犯性の高さをうたいながらも実際には杜撰ずさんな体制だった為、このマンションに不審物があってもおかしくは無い。

「ただ、気になる点がありまして」

「何?」

「恐らく隣室が発信源と思われますが、特殊な妨害電波ぼうがいでんぱが確認されます」

「……特殊?」

「はい。これに触れた電子機器は密かに侵入ハッキングされ、悪質と判断された場合は乗っ取られたり、破壊されたりします」

「……誰が判断しているの?」

「推測ですが、人工知能AIと思われます。同じような手法をエストニアの軍需産業が宣伝していたので」

「……」

 エストニアは世界トップレベルの情報技術IT大国だ。

 同国では、行政手続きの99%が電子化され、選挙でも2005年の国政選挙の際、世界で初めて電子投票が行われ、以降も電子投票が普及している。

 運送業でもロボット配達員が存在し、国民の生活を支えている。

 そういった環境にある為、エストニアは、サイバーセキュリティにも力を入れており、そのレベルの高さは、国際サイバーセキュリティ目録インデックスの報告書によると同国は欧州一。

 このようにサイバーセキュリティに強いことから、2008年には、北大西洋条約機構NATOのサイバー防衛協力本部CCDCOEが設立され、国際平和に貢献している。

 取り巻きは続ける。

「これも推測ですが……隣室の家主は、最初から管理会社を信じておらず、入居直後に設置し、自衛しているものと思われます」

「……つまり、あの男?」

「はい。外見上は穏やかなお人柄ですが、内面は決して人を信用していないのかもしれません」

「……それでは、あれほど親しく接していても、本心では心を開いていない可能性も?」

「はい……」

「……」

「もしくは、敢えてあのような態度で接することで、相手の情報を集めているのかもしれません。というよりも精神病質サイコパスに当てはまるような気もしますが」

「……そうね」

 精神病質の特徴には、


①良心の欠如

②共感能力の低さ

③衝動性・暴力性

④規範意識に乏しく自己中心的

⑤平気で嘘をつく

⑥自分の利益の為に相手を利用する

⑦罪悪感の欠如と責任転嫁

⑧恐怖や緊張を感じにくい

⑨人から魅力的に見えたり、社会的に成功していたりすることも


 が挙げられている。

 この中で、東郷には、③⑧⑨が当てはまるだろうか。

「……」

 シーラは壁を見る

 その向こうは、東郷らの住処すみか

 生活音が殆ど聴こえない構造の為、彼らの私生活は分からない。

 しかし、シーラの勘は鋭い。

(若い男女がひとつ屋根の下で……ね)

 クラリッサは妹であるものの、血の繋がってはいない。

 普段のクラリッサのあの様子から、彼女が迫っていてもおかしくはない話だ。

 更に、もう1人の凛。

 見る限り、東郷以外に心を開いていない様子を見るに、彼女もまた、肉体関係を結ぶ可能性がある。

 ただ、東郷が彼らからの愛を歓迎している様子は無い為、現時点で、男女の仲になってる可能性は低いだろうか。

 それでも恋敵としては、2人の接近を許すことは出来ない。

 態々わざわざ転居して、隣室になったのだ。

 その時点でシーラがいかに東郷に惚れ込んでいるかが分かるだろう。

 長年、仕えている取り巻きは想う。

(お嬢様の恋が実りますように)

 その視線は、忠誠心とは違い、ただただ仲良しの友人の恋を応援するそれであった。


[参考文献・出典]

 https://www.itu.int/dms_pub/itu-d/opb/str/D-STR-GCI.01-2017-PDF-E.pdf

 弁護士法人・デイライト法律事務所 2025年7月30日

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