第27話 Adler

「……凄いな」

 渋谷区は明治通り近くにあるトルコ大使館の一室では、横幅が約6・5m、縦幅が約4mはある300inインチレベルの大きな薄型テレビが鎮座していた。

 画面を覗き込むのは、諜報外交官インテリジェンス・オフィサーとして勤務している、情報機関・国家情報機構MİTの面々。

 映っているのは、マンション内の廊下での出来事だ。

 3人の刺客の銃口は、1人の女性に向けられている。

 が、一緒に居た男性が即応し、次々と倒していく。

 最後の1人は、助かったものの、逃走対策の為か。

 男性がその両膝に対し、思いっきり金属バットでフルスイング。

『!』

 膝を粉々にされた刺客は、突っ伏しては、動けない。

 金属バットを持った男性は、憂さ晴らしなのか、暇潰しなのか。

 生存者の目の前で斃れている2人の頭を金属バットで殴りだす。

 どんどん頭の形が崩れていき、内部が露出していく。

 完全に頭が潰れた時機タイミングで漸く金属バットを放り投げ、防犯カメラに向かって笑顔でピースサインを作る。

 映像は、ここで終わり、画面は真っ暗になった。

「「「……」」」

 国家情報機構の面々は、皆、苦い顔だ。

「まさか平和なこの国で、あんな物を見せられるとはな」

「狂っている……」

「よく会社は、あのような怪物ジャナヴァルを操作できているな?」

 出席者の多くは、青ざめている。

「まるでスプラッター映画を観ている気分だな」

 出席者の中で最高位の外交官が息を吐いた後、本題に入る。

「このマンションには、同胞どうほうが入居していたことが判った。まぁ、同胞と言っても我が国とは敵対関係にある危険人物の集団ではあるがな」

「「「……」」」

「これは偶然、撮れたものだ。日本のことわざには思いがけない幸運のことを『棚から牡丹餅ぼたもち』というが、事件が契機で彼らの居場所が判明した訳だ」

「「「……」」」

「更に運は我々に味方している。現場の証拠保全と捜査の為、マンションは現在、捜査官と関係者以外は出入り禁止になっている……住民でもな」

「「「……」」」

 外交官の言いたいことに出席者は、徐々に理解していく。

「集団は、逃亡を図りたい所だが、警察の監視がある為、それは不可能だ。逃げた所で部屋を捜査されたらこれまでの罪が発覚する訳だしな」

「「「……」」」

「これは一網打尽いちもうだじんの好機だ。外務省を通じて警察庁を動かし、警視庁に協力させるんだ」

「「「は!」」」

 追っていた集団の居場所を思わぬ形で特定することができ、出席者の士気は高くなっていく。

 全員が敬礼後、部屋から続々と去っていく。

 相手が危険人物なので、本心ではイスラエルが黒い9月に対して行った『神の怒り作戦』のように動きたい所だ。


【神の怒り作戦】

 1972年9月5~6日

 西ドイツのミュンヘンで五輪が開催中、イスラエル代表の宿舎をパレスチナの過激派・黒い9月が襲撃し、選手など11人を殺害

 この他、警官も1人が死亡

 襲撃者の5人は自爆テロで死亡

 事件直後、イスラエル政府は即応し、パレスチナを攻撃

 65~200人の死者が出る

 これだけにはとどまらず、首相のゴルダ・メイアは報復及びテロの再発防止の為に黒い9月の構成員暗殺を指示

 情報機関・諜報特務庁モサドは特殊部隊を欧州に派遣し、構成員を次々と暗殺

 作戦実行中、無関係の一般人を構成員と誤認し、殺害したことで暗殺計画が露見するも、作戦は継続

 1979年、事件の中心人物を爆殺(この時、彼の用心棒や付近の市民も巻き添えで死亡)成功を最後に作戦は終結したとされる

 暗殺による死者は20人以上とされるも、イスラエルや諜報特務庁は作戦については沈黙を貫いている。

 

 国家情報機構も同じ手を使って摘発したい所である。

 しかし、露見した時の代償が大きい。

 更に日本は、友好国だ。

 2016年に大使館前で発生した乱闘事件でも、悪い意味で注目された分、その二の舞は避けたい。

(しかし、このマンションは問題が多いな。共連れもそうだが、何より防犯カメラに簡単に接続アクセスできる……)

 防犯カメラは、防犯上、役立つ機能である。

 しかし、不正アクセスにえば、一気にその意味は無くなる。

 このマンションは杜撰ずさんでセキュリティ対策が甘く、簡単に侵入ハッキングすることができた。

 その分、内部の情報が掴みやすかったが。

(……しかし、アードラーは相変わらずだな)

 リモコンで画面を点けては、最後の男性の笑顔まで巻き戻す。

 全身を返り血で浴びながら、子どものように無邪気に笑っているその姿は、最早もはや正常な人間とは言い難い。

 殺人嗜好症さつじんしこうしょうと言うべきか。

 世界には、33人もの子どもを殺害したジョン・ゲイシー(1942~1994)等、沢山の凶悪な連続殺人犯シリアルキラーが存在するが、状況が違えば彼らのような連続殺人犯になっていたかもしれない。

「……」

 外交官は、静かに煙草を咥える。

 ライターで火を点けては、一息。

 視線の先は―――アードラーこと、日系人・東郷大和。

 シリア内戦等でよく関わった人間だ。

(カメラに態々わざわざ殺人を見せるのは、一体どういう神経をしているんだ? 今に始まったことではないが)

 防犯カメラの担当者にトラウマを植え付ける為か。

 不正アクセスに気付いた上で、接続アクセスした者に敢えて見せているのか。

 兎にも角にも、並みの神経ではないことは確かだ。

(非戦闘員には聖職者の如く優しさに満ち溢れているが……一度ひとたび敵対すれば、あの様子だ……世が世なら昇進に昇進を重ね、最後は皇帝にでもなっていたかもしれん)

 シリア内戦の際の報告書によれば、どれだけ被弾しようが負傷しようが病院から脱走し、戦場で走り回っていたという。

 死を恐れていないのか、恐怖に対する感覚が麻痺しているのか。

 将又はたまた、単純なる戦闘狂バーサーカーなのか。

 依頼人の反政府軍は、その働きっぷりを評価しつつも、内心では怖がっていたことが書かれていた。

「……」

 外交官は、画面の中の東郷を見詰めつつ、煙草を灰皿に押し付ける。

(しかし、二度と会えないと思っていたが……意外と世界は広いものだな)

 携帯電話を操作し、インスタントメッセージIMのアプリを開く。

 いの一番に出てきたのは、1枚の写真だ。


『日本での初めての友達♪』


 その文言と共に写っているのは、女子生徒にヘッドロックを加えられている男子生徒。

 男子の方は東郷だ。

 そして女子生徒の方は……

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