第23話 交情と

「おお……」

 東郷の自室に来た凛は、感動する。

 男性の部屋は、アニメや漫画、映画やドラマでしか知りえなかった未知の世界だ。

 室内にあるのは、マットレスとノートパソコンのみ。

 普段は居間にあるものだが、今日は凛が来ることが事前に分かっていた為、居間から持ってきたのだ。

 しかし、入ってくるなり、凛は居間よりも東郷の自室を望んだ。

 初訪問でいきなり「相手の部屋に入りたい」というのは、「無礼」と受け取る人も居るだろう。

 凛もそれは分かっているのだが、やはり好奇心が勝ってしまう。

 室内も玄関や廊下同様、ゴミ一つ無い。

 というか、ほこりさえも無い。

 病的と感じさせるほど、異物が無い部屋だ。

「……架空フィクションでは乱雑していたけど、実際はこんな感じなの?」

「う~ん。人によるかな。綺麗好きな人も居たり、逆に散らかっていても気にしない人も居るから」

「東郷君は前者なんだ?」

「そうだね。散らかっていると、気になるから」

「分かるよ」

 凛も汚部屋おべやにしたくない為、定期的に掃除している。

「座ってもいい?」

「良いけど、少し待って」

「え?」

 一言断りを入れた後、東郷は自室を出ていく。

「……」

 1人残された凛は、段々ドキドキしていく。

 ここは異性の部屋。

 思春期の凛には、その部屋に滞在するのは、今更であるが、緊張感が出てくる。

「……」

 失礼は承知だが、やはり気になってしまう。

 室内をジロジロ見ては、その空間を堪能する。

(……最小限主義者ミニマリストなのかな?)

 凛が架空で知った男性の部屋は、壁にアイドルのポスターが飾られ、

 FPSファーストパーソン・シューティングゲーム等といったゲームの他にアイドルやアニメのキャラクター等といった推しのアクリルスタンドが見受けられ、更に本棚の奥や寝台ベッドの下には、水着の写真集や成人漫画がある世界だ。

 しかし、今居る部屋は、そのが皆無である。

 この状態だと、押し入れの内部も同じように何も無いのかもしれない。

(……無趣味なのかな?)

 何もお金を掛けている様子が無い。

 あくまでも必要最低限の物ばかりだ。

 数分後、ようやく東郷が戻ってくる。

「お待たせ~」

 彼が持ってきたのは、座布団。

 凛の前に丁寧に置く。

「座って」

「ありがとう。でも―――」

「友人を床に直に座らせるのは良くないから」

「……ありがと」

 正直な所、床はフローリングなので直接だと、お尻が痛い。

 長時間座っていたら、痔になるかもしれない。

 痔の対策の一つに座布団の使用がある為、若しかしたら東郷はその辺を気にした可能性もあるだろうか。

「本当に……優しいね?」

「そうかな? ありがとう」

 本人は無自覚なようだが、急遽の訪問も断らず、室内を色々見られても気にせず、更には自室に入ることを許した上に座布団の提供だ。

 何から何までしてくれるので、逆にこちらが段々と申し訳なく感じてしまう。

「本当はソファがあった方が良かったんだけど、用意できなくてごめんね?」

「良いよ。そこまでしなくても」

 ここまでの厚遇だ。

 若し、準備期間があったら、もっと盛大にもてなされていたかもしれない。

「さてと」

 東郷は腰を下ろす。

 凛とは違い、床に直接だ。

 第三者が見ると、「凛の方が立場が上」と解釈するだろうか。

「ここで何がしたい?」

「東郷君と夕食を一緒にりたいな」

「良いよ」

「本当に?」

「うん」

 夕食も許された。

 この状態だと、逆にどこからが許されないラインなのかが分からない。

(……告白したら、付き合ってくれるかな)

 女子生徒からの東郷の評価は高い。

 可愛らしい童顔であるものの、武道の心得があり、更に女子を守るほどの勇気も兼ね備えている。

 学問の府は授業が始まったばかりなので、評価がしにくい。

 ただ、外国人留学生と対等に渡り合えるほどの語学能力を有し、更にトルコの文化にも詳しいことから苦手の可能性は低いだろう。

 容姿以外の評価も高いことから、今後、女子生徒同士の激しい争奪戦になるかもしれない。

「……東郷君ってさ」

「うん」

「その……彼女とか居るの?」

「いや、居ないよ」

「そうなの? 意外」

「そう?」

 小首を傾げる東郷。

 本人は自分の魅力に気づいていないようだ。

 どこまでも鈍感なのか。

 付き合う彼女は、その辺で苦労するかもしれない。

「うん……モテそうなのに」

「いや~、中々なかなか出逢であいは無いね」

「じゃあ、希望はあるんだ?」

「そうだね」

「……うん」

 独り身であり、更に本人は前向きなことから、立候補するには丁度いい時機タイミングだろうか。

「……好きなタイプとかあるの?」

「・入れ墨やピアスを入れていない

 ・攻撃的ではない

 ・義務教育修了レベルの学力を有していること

 ・挨拶等の必要最低限の礼儀作法は心得ていること


 ……等、これくらいかな」

「入れ墨、嫌なんだ?」

「好きな人には悪いが、正直、好みではない。感染症の危険性もあるしね」

 入れ墨は感染症を発症する場合がある。

 2017年、アメリカで入れ墨を入れた男性がその5日後、メキシコ湾で遊泳した所、細菌のビブリオ・バルニフィカスに感染し、その後、敗血症性ショックで死亡した。

 ビブリオ・バルニフィカスの人への感染例は、日本でも存在する為、入れ墨がある人々がそれらの地域で泳いだ場合、男性のように死亡する可能性はあるだろう。

 日本では近年、「若い世代を中心に刺青に対する忌避きひが薄まっている」とされているが、実際には、まだまだ社会的に認められていない。

 2010年代に行われた意識調査でも、それは示されている。


           平成26(2014)年

①対象者:成人男女1000人

「入れ墨を現に入れているか、または過去に入れたことがありますか?」

・はい  1・6%

・いいえ 99・4%

②対象者:「いいえ」の回答者

「入れ墨(タトゥー及びファッション・タトゥーを含む)を入れたいと思いますか?」

・強く思う       1%

・どちらかと言えば思う 2%

・どちらとも言えない  4・1%

・あまり思わない    7・2%

・全く思わない     85・7%

③「入れ墨をしている人をどう思いますか?」

・全く構わない       5・4%

・構わない         9・9%

・どちらとも言えない    32・4%

・どちらかと言えば許せない 32・5%

・絶対許せない       19・8%

(出典:関東弁護士会連合会 一部改定)


            平成28(2016)年

 対象者:20~50代の男女6438人

・和彫り経験者 0・7%

・洋彫り経験者 1・6%

・非経験者

 ・とても入れたいと思う   0・37%

 ・入れたいと思う      1・92%

 ・入れたいとは思わない   7・48%

 ・全く入れたいとは思わない 90・23%

(出典:大阪大学大学院 一部改定)


             平成30(2018)年

 対象者:大学生・社会人ら585人

 結果 :・和彫りよりも洋彫りのほうが若干許容度は高い

     ・入れる範囲が大きいほど許容されなくなる

     ・年齢層が上であるほど許容されなくなる

(出典:香川大学 一部改定)


 社会的には入れ墨を禁ずる法律は無い。

 しかし、多くの各都道府県及び自治体の条例レベルでは、青少年健全育成条例の一つとして、青少年の入れ墨は禁じられる。

 また、公共の場でも制限されていることがあり、


 平成9(1997)年 静岡県松崎町

「入れ墨などで他の客を威圧してはならない」という条項を含む海水浴場規則交付

 平成23(2011)年 兵庫県神戸市

 須磨海岸を守り育てる条例改正

「入れ墨・乱暴な言動で、他の者に不安・畏怖・困惑をあたえ、他の者の海岸利用を妨げること」

 が禁止に


 これら以外でも、


 1940年代 温泉における入場規制

 平成4(1992)年 暴対法制定以降、規制拡大


【スポーツ】

[全日本柔道連盟]

 平成30(2018)年以降 高校生以下の大会で入れ墨を彫った選手の参加を禁止

 令和3(2021)年 シャツやテーピング等で隠した場合、参加可能に

[日本相撲協会]

 平成31(2019)年 相撲規則改定により、入れ墨禁止を明文化

[日本ボクシングコミッション]

 選手の入れ墨についてはファンデーションなどで隠すように規定

[Jリーグ]

 入れ墨禁止の規則は無し

 ただし、各クラブは厳重注意という形で通達

【観光】

 平成27(2015)年の意識調査

 対象者:ホテル・旅館

 回答者:581施設

・入浴拒否              56%

・条件付きで許可(例:シールで隠す等) 13%

(出典:観光庁)

【雇用】

[行政]

 平成24(2012)年 大阪市

 児童福祉施設で市職員が子どもたちに入れ墨を見せて脅迫

 大阪市は入れ墨が他者の目に触れる可能性のある職員に関しては、直接市民と接することのない部署への配置転換

[自衛隊]

 身体検査の合格基準として「刺青がないもの」が明記


 場所以外の短所も多い。

 しばしば言われるのが、海外や医療機関、保険での対応だろうか。


①入国管理局

 海外の一部では「入れ墨」=「暴力団組員」と見なしている為、入国時に問題になる可能性

②海外での偏見

 一部の欧米人は、入れ墨を「反社会的」と考えている為、忌避反応に遭う可能性

③医療現場

 主にMRI検査で、火傷等に遭う可能性

④生命保険

 感染症の可能性や反社会的勢力との関係が疑われやすい為、加入出来ない可能性


 これらの理由もある為、東郷は入れ墨に対し、否定的な立場である。

「私も同じだよ」

 価値観が同じなことに凛は、親近感を覚える。

 幼少期から入れ墨の入った組員の中で育った為、堅気かたぎと比べると入れ墨には慣れている。

 それでも何も入っていない体の方が綺麗に感じるので、自分は入れ墨を入れない姿勢スタンスだ(親族や組員も猛烈に反対していることも理由の一つであるが)。

「入れる入れないは個人の自由だけど、短所が多いし、何より入れる時、激痛だから私は入れたくない」

「同意見だ」

 意見が合い、益々ますます凛は嬉しくなる。

「もっと仲良くなれそうだね」

「そうだね」

 初めての友達にして、初恋。

 凛の中で、どんどん東郷の存在が大きくなるのだった。

 

 [参考文献・出典]

 CNN 2017.06.05

 山本芳美『イレズミと日本人』平凡社〈平凡社新書 816〉2016年6月15日

 田中孝 水津幸恵 大久保智生 鈴木公啓「身体装飾としてのピアス・いれずみの実態とそのイメージの検討—賞賛獲得欲求と拒否回避欲求との関連から—」『香川大学教育学部研究報告 第Ⅰ部』第142巻 香川大学教育学部 2014年9月30日

 鈴木公啓 大久保智生「いれずみ(タトゥー・彫り物)の経験の実態および経験者の特徴」『対人社会心理学研究』第18巻 大阪大学大学院人間科学研究科対人社会心理学研究室 2018年

 読売新聞 2016年12月16日

 読売新聞オンライン 2019年2月26日

 中日スポーツ 2021年1月7日

 日刊ゲンダイ 2016年6月7日

 朝日新聞デジタル 2016年11月11日

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