第9話 狼の目

《陸の大山、海の東郷》

《東洋のネルソン》

 

 等の異名を持つ元帥海軍大将・東郷平八郎(1848~1934)は、日露戦争の英雄の1人である。

 黄色人種モンゴロイドが初めて白人とのこの戦争は、当時の世界に衝撃を与え、後にインドの初代首相にネルーは、子供に対し、


『日本は勝ち、大国の列に加わる望みを遂げた。

 アジアの一国である日本の勝利は、アジア全ての国々に大きな影響を与えた。

 私は少年時代(当時は17歳)、どんなにそれに感激したかをお前に良く話したことがあったものだ。

 沢山のアジアの少年、少女、そして大人が同じ感激を経験した。

 欧州の一大強国は敗れた。

 だとすれば、アジアは、昔、度々そういうことがあったように、今でも欧州を打ち破ることもできる筈だ』


 とし、中国民族革命運動指導者である孫文もまた、


『これはアジア人の欧州人に対する最初の勝利であった。

 この日本の勝利は全アジアに影響をおよぼし、アジアの民族は極めて大きな希望を抱くにいたった』


 と、日本の勝利を絶賛している。

 その最大の立役者である東郷平八郎は、当時、ロシア帝国の圧政に苦しむ国々に勇気を与え、フィンランドでは「東郷ビール」が造られ、トルコでは「トーゴー」等の名前が男子に沢山つけられたという。

 少佐―――東郷と出会ったトルコ人女子高生のシーラの先祖は、後に《国父》と呼ばれるムスタファ・ケマル(1881~1938 初代大統領 在:1923~1938)の下でトルコ革命に関わった。

 

【トルコ革命(1919~1922年/1923年)】

《欧州の欧州》と呼ばれ弱体化が進むオスマン帝国の領土を各国が分割占領し、国内ではアルメニア人等が独立運動を開始し、オスマン帝国も保身の為に迎合政策を採った結果、国家を憂いた准将のムスタマ・ケマルが蜂起


 対アルメニア→ソ連と連携し、アルメニアを撃退 東部のアナトリア確保に成功

 対フランス →勝利は出来なかったが、条約締結後、フランスはシリアに撤退

 対ギリシャ希土きと戦争)

 →現在のトルコ第3の都市であるイズミル等を奪われるも後に奪還に成功し、ギリシャ軍を退ける


 と、各国を撃退

 また、占領国に迎合する等して大多数のトルコ人の支持を失ったオスマン帝国を廃止

 更に帝国時代に締結された治外法権等の不平等条約を独立を機に廃止に成功

 トルコの近代化に大きく貢献する


 第二次世界大戦後、一族は若い世代に国外留学を希望していた時機で西ドイツが労働者を応募した為、彼らを送り出した。

 第一世代は、慣れぬ異国で様々な苦労を経験したが、第二世代以降は幼少期からドイツ文化の中で育った為、見た目はトルコ系であっても中身はドイツ人である。

 シーラがドイツの国旗を掲げているのは、ドイツ人としての自己同一性アイデンティティーもあるのだろう。

「トルコにお詳しい日本人と知り合えて光栄ですね」

「こちらこそです」

 穏やかに返すと、シーラは微笑む。

「トルコと日本は、先祖が同じですから、そういう意味でも仲良くさせて頂ければ幸いです」

 日本ではあまり知られていないが、「日本人とトルコ人は、同じ先祖」という伝承がある。


『昔、中央アジアにいた民族の内、西に行ったのがトルコ人。

 東に行ったのが日本人。

 その為、トルコ人と日本人は兄弟』

(トルコでの伝承)


 また、トルコと同じテュルク系のキルギス人でも、


『大昔、とある兄弟が居た。

 やがて魚が好きな兄は東へと旅立ち日本人の祖となり、肉が好きな弟は西へと進みキルギス族の祖となった』

(キルギスに古くから伝わる伝説)


 とされ、キルギス人は外見上、日本人同様、黄色人種モンゴロイドなので、その伝説の信憑性しんぴょうせいに拍車をかけているかもしれない。

 実際、日本列島にテュルク系民族が入ってきて、日本人の祖となったかどうかは分からない。

 が、奈良時代にペルシャ人とされる官僚・破斯清道はしのきよみち(? ~?)が居る為、それを考えると、トルコ人が古代に来日していても不思議ではないだろう。

「よろしくお願いします」

 友人を作る予定は無かったが、拒否する理由も無い。

 これから最短でも3年は、ここに居るのだから、これが最善の選択だろう。

「ドイツ語もご堪能なのですか?」

「ある程度は可能かと。ただ、母語話者ネイティブスピーカーには下手に感じるかもしれませんが」

「ふふ……♪」

 自信が無いのは事実なのだが、シーラは謙遜けんそんと受け取ったようだ。

「日本は初めてなので緊張していましたが、初日に友人が出来て幸いです」

「こちらこそです」

 友人という意識は無いのだが、友人認定された以上、否定は難しい。

 しかも、取り巻きの女子生徒の無言の圧力が凄まじい。

 否定した途端、袋叩きに遭いそうなほどの迫力だ。

「! 何者!」

 取り巻きの1人が扉をガラッと開ける。

「!」

 扉越しに聞き耳を立てていた二等兵が体勢を崩し、室内にへたり込む。

「!」

 慌てて逃げようとするも、取り巻きに囲まれる。

「貴方、誰?」

「何の用?」

「お嬢様に何する気?」

 ここまで取り巻きがシーラを守っていることに、東郷は注目する。

(取り巻きは……護衛かな)

 二等兵の存在感は、薄かった。

 恐らく100人中99人は、気付かなかっただろう。

 それに気づいた所を見るに、相当な手練てだれなのかもしれない。

 徴兵制を採っているトルコであるが、同じ徴兵制のイスラエル等とは違って、兵役義務の対象は男性だけだ。

 しかし、あの様子を見るに、取り巻きは軍人の可能性も否定できないだろうか。

「……! ……! ……!」

 二等兵は怯えた表情で、ガタガタと震えている。

「貴女は誰ですか?」

「……」

「答えなさい」

 取り巻きの威圧感に、二等兵は遂に失禁する。

 床に液体が広がっていく。

「「「……」」」

 取り巻きは勿論のこと、シーラも流石にこれには、ドン引きだ。

 東郷は苦笑いで近づく。

「二―――。大丈夫か?」

「!」

 初めて名前で呼ばれ、二等兵―――クラリッサは見上げた。

 距離が縮まったように感じられて、先ほどまでの絶望的な表情から一転、破顔一笑になる。

 そして、力を入れて立ち上がったかと思えば、駆けだして東郷に抱き着く。

「「「「!」」」」

 シーラ達は、驚く間もなく、クラリッサは東郷の胸部に顔を埋める。

「……失礼ですが、この方は?」

「ええっと……」

 交際している訳ではないのだが、相応の理由が必要だ。

 回答に困った東郷は、絞り出す。

「義理の妹だよ」


[参考文献・出典]

 世界三大記念艦・三笠 HP 一部改定

 ターキシュ・エア&トラベル HP

 ASTAS HP

 奈良新聞 2016年10月5日

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