第8話 《陸の東郷》
不良少年を撃退した東郷は、一躍、有名人になる。
外見では
「凄いねぇ」
「かっこよかったよ」
「外国語も流暢だね」
男女の集団に囲まれ、東郷は、
「うん。ありがとう」
ぎこちない笑みを浮かべるばかりだ。
中には、『報道』の腕章を着用した学生がマイクを向けてくる。
「東郷さん、柔道を習ったんですか?」
「はい」
「恐怖心はありませんでした?」
「そうですね。柔道では時に100㎏以上の方と戦うこともありますので」
「ほう」
記者は興味を示す。
「昔は大柄な方とも?」
「ああ、試合ではありませんよ。あくまでも
淡々と答えていると、
「
トルコ人の女子生徒が割って入ってくる。
「……」
「ああ、これはチューリップです」
東郷の怪訝な反応に気付いた女子生徒は、笑顔で答えた。
「国花の?」
「! よくご存知で……」
自国の国花を知っていることに、女子生徒は笑顔を見せる。
世界各国には、その国の国民に愛されたり、国家の
日本では自衛隊の旗等に使用されている桜、皇室の象徴としての意味合いが強い菊の二つが国花として紹介されることが多い。
他国では、
アメリカ →
インド →
ベトナム →竹 ※
レバノン →レバノン杉 ※
セネガル →バオバブ ※
イギリス →薔薇
イタリア →デージー
王国時代までで共和国となった現在、政府公認の国花は無い
ウクライナ →
この他、
・
・
とする場合も
オーストリア→エーデルワイス
オランダ →チューリップ
ギリシャ →オリーブ ※
ポルトガル →カーネーション
等
※は国樹
がそれに当たる。
日本では「チューリップ」=「オランダ」の
しかし、実際には、その原産地はトルコである。
その証拠に「チューリップ」の語源はトルコ語の「
余談だが、トルコでは「
「随分とトルコにお詳しいですね。ご滞在の経験が?」
「はい。大変美しい国でしたので、いつの間にかまた、行きたいですね」
これは本心である。
東郷とトルコは、2010年代後半から関わっており、現地でトルコ軍と共同作戦を行う度に関係を深め、シリア内戦中もお世話になった。
そうしたこともあって、東郷はトルコの文化に理解があり、トルコ語も流暢なのだ。
「
「お嬢様?」
急な日本語に東郷は、戸惑う。
いきなり日本語になったのは、周囲への
女子生徒の不可視の圧力に集まっていた生徒達は、続々と散っていく。
長居すれば
記者は不満げだが、女子生徒の睨みに屈し、東郷にお辞儀後、足早に去っていく。
この様子を見るに、彼女は上流階級の中でも一目置くほどの存在感のある勢力に属しているのかもしれない。
東郷は、母校で見た
それに当てはめたら、彼女は1軍に入るのかもしれない。
無論、見る限り平時では良好な雰囲気なので、この光景は今回限りかもしれないが。
「お手数をお掛けします」
「はぁ……」
戸惑いつつも東郷は立ち上がって、女子生徒の誘導の下、教室を出ていく。
既に放課後なので、教室に居ようが居まいが生徒の自由の為、すれ違う教職員も特に気にすることは無い。
(……あいつ、大丈夫かな)
東郷の不安は自分よりも、二等兵だ。
同じ教室に居たが、その存在感は0。
人垣を掻き分けることも無く、読書をしながら時間が過ぎるのを待っていた。
しかし、その東郷が呼ばれた為、動揺しているのは想像に難くない。
実際、慌ててその跡を追うように教室から出てきた。
「……」
必死に追いかけてくる二等兵に、亜蓮は女子生徒に気付かれないように
『転ばないように気を付けて』
と。
「!」
伝わった二等兵は、笑顔を浮かべて頷いた。
そして、速度を緩め、指示通り、転倒に気を付けつつ、後を追ってくる。
(子守は大変だなぁ)
二等兵を心配しつつ、東郷は静かに内心で溜息を吐くのであった。
通されたのは、無人の教室。
一時的に貸切っているのか、トルコの国旗―――新月旗が掲げられている。
また、意外なことに新月旗以外にドイツの三色旗や日本の日の丸も掲揚されている。
「……
「
笑顔で頷くのは、先ほど、歌舞伎役者の息子から暴行未遂を受けた被害者の女子生徒。
「よく我が国とドイツの関係をご存知ですね?」
「ドイツでトルコ系の方々と交流していましたので、ある程度は知っている所存です」
ドイツには、トルコ系の人々が大勢居る。
契機は第二次世界大戦後、ドイツ(当時は西ドイツ)では深刻な労働者不足になっており、それを解消する為にトルコから労働者を集めたのだ。
その多くは契約期間満了後、トルコに帰国したのだが、一部はドイツに残り、中には帰化する者も居た。
その為、現在、ドイツには多くのトルコ系の国民が居り、中にはサッカーのA代表に選ばれるほどの活躍を見せている。
但し、関係は良好かは言い難い。
実際、ドイツの為に頑張った代表選手にさえ、差別の被害に
そうした生き辛さからドイツを離れるトルコ系も多いことだろう。
東郷の推測に女子生徒は、トルコ石の首飾りを光らせながら口を開く。
「改めて……
「
「!
「同姓だけで、神様とは何も関りもありませんよ」
否定する東郷であるが、カヤや他の女子生徒は、目を丸くするばかりであった。
[参考文献・出典]
妻鹿加年雄『カラーブックス 791) 世界の国花』保育社 1990年(平成 2年)
ターキッシュ・エア&トラベル HP
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