藤原綾子 番外:完璧な華、綻びの予兆 2

揺らぐ天秤 ― 不安と嫉妬の棘


 竜崎健は、期待を裏切らない男だった。

 彼は言葉少なだが、その一挙手一投足に、確かな戦略と、未来へのビジョンが宿っていた。彼の“洗白”計画は着々と進み、竜崎グループは、藤原財閥という後ろ盾を得て、表世界での地位を磐石なものへと築き上げていった。

 綾子は、彼の隣に立つことを誇りに思った。彼の理解者として、彼の“光”の世界での顔として、完璧な自分を演じ続けた。彼の冷徹なビジネスの裏で、ほんのわずかでも、彼が自分に心を許してくれる瞬間を夢見て。


 しかし、その完璧な世界に、不穏な影が差し込んだ。

 影山菖蒲。

 竜崎健が影山家へ直接出向いたという報道は、綾子にとって、青天の霹靂だった。

 「影山家は、もう過去の財閥。彼女は、ただの令嬢でしょう? なぜ、竜崎様が、そこまで関わる必要が……」

 父や母は、世間体の問題だと語った。しかし、綾子の胸には、得体の知れない不安が渦巻いていた。


 そして、あの夜の宴。

 竜崎健が、漆黒のスーツで現れた時、彼女は彼がいつも以上に“異質”な輝きを放っているのを感じた。そして、彼の視線が、会場の奥の、あの和装の令嬢——影山菖蒲へと、吸い寄せられるように流れていくのを、綾子は決して見逃さなかった。

 二人の間に交わされた、言葉なき、しかし濃密な視線の交錯。

 「影山嬢……あの方と、知り合いなの?」

 隣の令嬢の言葉が、綾子の耳に、まるで嘲笑のように響く。


 そして、バルコニーでの会話。

 竜崎健が、影山菖蒲のために、自らの“越境”という最大の禁忌を犯したと知った時、綾子の心は、初めて、完璧な仮面の下で、激しく動揺した。

 「まさか……竜崎様が、あの女を、護ろうとしている……?」

 彼女の胸に芽生えたのは、驚きと、激しい困惑。そして、底なし沼のように、抑えきれぬ、嫉妬という名の、鋭い棘が、じわりと、しかし確実に、心の奥深くまで突き刺さっていく。


 影山菖蒲は、自分が完璧に築き上げてきた、竜崎健との“未来”を、そして、藤原家という“秩序”そのものを、脅かす存在だった。

 あの女は、竜崎健の隣に立つ資格などない。彼の“洗白”の道に、影という汚点を残すだけだ。

 綾子の瞳は、冷ややかに、しかし決意に満ちた光を宿し始めた。

 (竜崎様……あなたの“完璧な伴侶”は、私だけ。あの女は、私が、排除する)

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