第3章 王城の影
王都の中心にそびえる城は、近づけば近づくほど圧倒的だった。
白亜の石で築かれた城壁は陽光を浴びて輝き、塔の上には王国の旗がはためいている。衛兵たちが槍を構え、私たち三人を無言で見下ろした。
胸がざわついた。
村で育ったただの少年が、いま王城の門をくぐろうとしている。
心臓が破裂しそうなほど速く打ち、手のひらには汗が滲む。
「アレン、大丈夫?」
ミラが小声で囁いた。
「……ああ」
笑おうとしたが、唇が震えてうまく笑顔にならなかった。
◆
城内は、まるで別世界だった。
磨き上げられた大理石の床、赤い絨毯、天井に吊るされた黄金のシャンデリア。
すれ違う貴族たちは絹やビロードの衣をまとい、こちらを値踏みするような目で見てくる。
「すご……」
ミラが目を丸くする横で、レオンは落ち着かぬ様子で剣の柄を握っていた。
「田舎者ってバレてる気がするな」
「いや、実際そうだろ……」
私は苦笑したが、心の奥には言い知れぬ不安が広がっていた。
◆
やがて、大広間の扉が開かれた。
金と朱で彩られた空間の奥、高座に一人の男が腰掛けていた。
王冠を戴き、紫のマントを羽織った中年の男――この国の王だ。
「アレン・クロフォード、前へ」
低く響く声に背筋が伸びる。
私は深呼吸をして、玉座の前に進み出た。
「そなたが……炎を操る少年か」
王の目が細められる。その瞳には好奇心と何か別のもの――冷たい計算のような光が混じっていた。
「はい。村で小さな魔物を退けた程度ですが……」
「うむ」
王は頷き、周囲の臣下たちに目配せした。
鎧をまとった将軍が進み出て、私を値踏みするように睨む。
「王よ、この者が本当に勇者候補と?」
「勇者……?」
思わず声が漏れる。
広間がざわめき、私は言葉を失った。
◆
「そなたは特別な魂を持っている」
王はゆっくりと告げた。
「我が国の大賢者の占いによれば、遠い異界より来たりし魂こそ、魔王を討つ鍵となると」
――異界より来たりし魂。
その言葉に心臓が止まりそうになった。
まさか、この世界での私の存在を……?
転生の秘密を、知られている?
全身が冷たくなる。
私は無意識にミラとレオンを振り返った。
二人は戸惑った顔で私を見つめ返していた。
「……俺が、勇者候補?」
「そうだ」
王は断言した。
「そしてそなたには、国のために戦ってもらう」
玉座から響く声は、決して拒否を許さぬ圧力を帯びていた。
◆
その瞬間、背後で別の声が上がった。
「陛下、お待ちを」
絹の衣をまとった一人の貴族が進み出る。目は細く笑っているが、どこか底意地の悪さが漂う。
「このような小僧に、大役を任せるなど早計ではございませんか。魔王討伐には、もっとふさわしい者が……」
広間の空気が一気に張り詰めた。
王は険しい表情を見せ、貴族たちはざわめき始める。
その光景を前に、私はただ立ち尽くすしかなかった。
◆
広間を覆う緊張の中、王の前に進み出た貴族は、冷ややかな笑みを浮かべたまま言葉を続けた。
「異界の魂、勇者候補――聞こえは立派ですが、所詮は村育ちの小僧。剣の腕も、魔法の研鑽も未熟のはず。我らが国の命運を託すなど、あまりに軽率では?」
「……貴様、我が言葉を疑うか」
王の声が低く響き、広間の空気が凍る。
「恐れながら陛下、疑うのではなく……民を思えばこそ」
男は恭しく頭を下げながらも、その口調には一片の畏れもなかった。
むしろ自信に満ち、何かを仕掛ける獣のような気配すら漂わせていた。
私はその横顔を見ながら、背筋に寒気を覚えた。
――この人間が、本当の敵になるのかもしれない。
◆
やがて王は重く息を吐き、玉座に深く身を預けた。
「よい。確かに時期尚早かもしれぬ。ならば試練を与えよう」
「試練……?」
思わず声が漏れる。
「うむ。王都近郊の地下迷宮に、不穏な魔の気配がある。アレン・クロフォード、そなたには仲間と共にそれを調査し、力を示してもらおう」
広間がざわめいた。
地下迷宮――それは冒険者たちの間でも危険とされる場所だ。
ただのゴブリン退治とは訳が違う。
「陛下、それではあまりに危険すぎます!」
ミラが叫んだ。場の空気が一瞬にして凍りつく。
兵士たちが手に槍をかけ、将軍が眉をひそめる。
「女ごときが口を挟むな」
怒号が飛ぶ前に、私は一歩前に出た。
「……俺がやります」
ミラが驚いて振り返る。
レオンも拳を握りしめ、何か言いかけて飲み込んだ。
「俺は、村を守りたい。そのためには強くならなきゃならない。ここで逃げたら、何も始まらないから」
静寂ののち、王が小さく頷いた。
「よかろう。三日のうちに迷宮へ向かえ。……そなたの力、しかと見届けよう」
◆
謁見を終え、城を出たとき、三人はしばらく言葉を失っていた。
やっとの思いで外の風に触れた瞬間、緊張が解け、足が震える。
「アレン……どうして引き受けたのよ!」
ミラが怒りと涙を混ぜた声で叫ぶ。
「王城の連中、絶対に何か企んでる! あなたを利用する気なんだわ!」
彼女の必死の訴えに、胸が痛んだ。
だが、私は言葉を選んで答えるしかなかった。
「分かってる。でも……俺が逃げたら、本当にただの田舎者で終わっちゃう。勇者なんて柄じゃないけど、俺の力で誰かを守れるなら、挑むしかないんだ」
ミラは唇を噛み、俯いた。
そんな彼女の肩に、レオンが無骨な手を置く。
「……アレンの決意は、もう変えられねぇ。だったら俺たちが支えるしかないだろ」
「レオン……」
「心配すんな。お前一人に背負わせやしない。俺たちは仲間だ」
力強い言葉に、ミラの瞳が揺れる。やがて小さく頷き、涙を拭った。
「……分かった。どこまででも一緒に行くわ」
三人の視線が交わり、固い絆を確かめ合う。
◆
だがその背後で、静かに笑う影があった。
謁見の間で私を非難したあの貴族――ローレンス侯爵。
彼は城のバルコニーから、遠ざかる私たちを見下ろしていた。
「異界の魂か……。もし本物なら利用すればいい。偽物なら――この手で潰すまで」
その呟きは誰にも届かず、王都の風に溶けて消えた。
こうして私は知らぬ間に、王国を揺るがす陰謀の中心に足を踏み入れていたのだった。
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