第3章 王城の影

王都の中心にそびえる城は、近づけば近づくほど圧倒的だった。

 白亜の石で築かれた城壁は陽光を浴びて輝き、塔の上には王国の旗がはためいている。衛兵たちが槍を構え、私たち三人を無言で見下ろした。


 胸がざわついた。

 村で育ったただの少年が、いま王城の門をくぐろうとしている。

 心臓が破裂しそうなほど速く打ち、手のひらには汗が滲む。


「アレン、大丈夫?」

 ミラが小声で囁いた。

「……ああ」

 笑おうとしたが、唇が震えてうまく笑顔にならなかった。



 城内は、まるで別世界だった。

 磨き上げられた大理石の床、赤い絨毯、天井に吊るされた黄金のシャンデリア。

 すれ違う貴族たちは絹やビロードの衣をまとい、こちらを値踏みするような目で見てくる。


「すご……」

 ミラが目を丸くする横で、レオンは落ち着かぬ様子で剣の柄を握っていた。


「田舎者ってバレてる気がするな」

「いや、実際そうだろ……」

 私は苦笑したが、心の奥には言い知れぬ不安が広がっていた。



 やがて、大広間の扉が開かれた。

 金と朱で彩られた空間の奥、高座に一人の男が腰掛けていた。

 王冠を戴き、紫のマントを羽織った中年の男――この国の王だ。


「アレン・クロフォード、前へ」


 低く響く声に背筋が伸びる。

 私は深呼吸をして、玉座の前に進み出た。


「そなたが……炎を操る少年か」

 王の目が細められる。その瞳には好奇心と何か別のもの――冷たい計算のような光が混じっていた。


「はい。村で小さな魔物を退けた程度ですが……」

「うむ」

 王は頷き、周囲の臣下たちに目配せした。


 鎧をまとった将軍が進み出て、私を値踏みするように睨む。

「王よ、この者が本当に勇者候補と?」

「勇者……?」

 思わず声が漏れる。


 広間がざわめき、私は言葉を失った。



「そなたは特別な魂を持っている」

 王はゆっくりと告げた。

「我が国の大賢者の占いによれば、遠い異界より来たりし魂こそ、魔王を討つ鍵となると」


 ――異界より来たりし魂。

 その言葉に心臓が止まりそうになった。


 まさか、この世界での私の存在を……?

 転生の秘密を、知られている?


 全身が冷たくなる。

 私は無意識にミラとレオンを振り返った。

 二人は戸惑った顔で私を見つめ返していた。


「……俺が、勇者候補?」

「そうだ」

 王は断言した。

「そしてそなたには、国のために戦ってもらう」


 玉座から響く声は、決して拒否を許さぬ圧力を帯びていた。



 その瞬間、背後で別の声が上がった。


「陛下、お待ちを」


 絹の衣をまとった一人の貴族が進み出る。目は細く笑っているが、どこか底意地の悪さが漂う。


「このような小僧に、大役を任せるなど早計ではございませんか。魔王討伐には、もっとふさわしい者が……」


 広間の空気が一気に張り詰めた。

 王は険しい表情を見せ、貴族たちはざわめき始める。


 その光景を前に、私はただ立ち尽くすしかなかった。



広間を覆う緊張の中、王の前に進み出た貴族は、冷ややかな笑みを浮かべたまま言葉を続けた。


「異界の魂、勇者候補――聞こえは立派ですが、所詮は村育ちの小僧。剣の腕も、魔法の研鑽も未熟のはず。我らが国の命運を託すなど、あまりに軽率では?」


「……貴様、我が言葉を疑うか」

 王の声が低く響き、広間の空気が凍る。


「恐れながら陛下、疑うのではなく……民を思えばこそ」

 男は恭しく頭を下げながらも、その口調には一片の畏れもなかった。

 むしろ自信に満ち、何かを仕掛ける獣のような気配すら漂わせていた。


 私はその横顔を見ながら、背筋に寒気を覚えた。

 ――この人間が、本当の敵になるのかもしれない。



 やがて王は重く息を吐き、玉座に深く身を預けた。

「よい。確かに時期尚早かもしれぬ。ならば試練を与えよう」


「試練……?」

 思わず声が漏れる。


「うむ。王都近郊の地下迷宮に、不穏な魔の気配がある。アレン・クロフォード、そなたには仲間と共にそれを調査し、力を示してもらおう」


 広間がざわめいた。

 地下迷宮――それは冒険者たちの間でも危険とされる場所だ。

 ただのゴブリン退治とは訳が違う。


「陛下、それではあまりに危険すぎます!」

 ミラが叫んだ。場の空気が一瞬にして凍りつく。


 兵士たちが手に槍をかけ、将軍が眉をひそめる。

「女ごときが口を挟むな」


 怒号が飛ぶ前に、私は一歩前に出た。

「……俺がやります」


 ミラが驚いて振り返る。

 レオンも拳を握りしめ、何か言いかけて飲み込んだ。


「俺は、村を守りたい。そのためには強くならなきゃならない。ここで逃げたら、何も始まらないから」


 静寂ののち、王が小さく頷いた。

「よかろう。三日のうちに迷宮へ向かえ。……そなたの力、しかと見届けよう」



 謁見を終え、城を出たとき、三人はしばらく言葉を失っていた。

 やっとの思いで外の風に触れた瞬間、緊張が解け、足が震える。


「アレン……どうして引き受けたのよ!」

 ミラが怒りと涙を混ぜた声で叫ぶ。

「王城の連中、絶対に何か企んでる! あなたを利用する気なんだわ!」


 彼女の必死の訴えに、胸が痛んだ。

 だが、私は言葉を選んで答えるしかなかった。


「分かってる。でも……俺が逃げたら、本当にただの田舎者で終わっちゃう。勇者なんて柄じゃないけど、俺の力で誰かを守れるなら、挑むしかないんだ」


 ミラは唇を噛み、俯いた。

 そんな彼女の肩に、レオンが無骨な手を置く。


「……アレンの決意は、もう変えられねぇ。だったら俺たちが支えるしかないだろ」

「レオン……」

「心配すんな。お前一人に背負わせやしない。俺たちは仲間だ」


 力強い言葉に、ミラの瞳が揺れる。やがて小さく頷き、涙を拭った。

「……分かった。どこまででも一緒に行くわ」


 三人の視線が交わり、固い絆を確かめ合う。



 だがその背後で、静かに笑う影があった。


 謁見の間で私を非難したあの貴族――ローレンス侯爵。

 彼は城のバルコニーから、遠ざかる私たちを見下ろしていた。


「異界の魂か……。もし本物なら利用すればいい。偽物なら――この手で潰すまで」


 その呟きは誰にも届かず、王都の風に溶けて消えた。


 こうして私は知らぬ間に、王国を揺るがす陰謀の中心に足を踏み入れていたのだった。

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