第7話 桜からの手紙
電車に乗って送るのは体力面でも安全面でも流石に厳しそうだと思ったので、お金はかかるけど安全なタクシーを使って桜の家に着いた。
ピンポーンとインターホンを押すと
「こんばんはお義母さん、
「ありがとうね
「ありがとうございます。犬飼さんったら死んじゃってるんじゃないかと思うほど静かに寝るもんだからびっくりですよ、いつもこんな感じなんですか?」
私がそう言った瞬間、桜のお母さんの顔が青くなって私の背中で寝ている桜の口元に耳を寄せる。
「どうかしました?」
「息してないわ……」
桜のお母さんが泣き崩れるのと同時に私の時間も止まった。
◇
どれくらいの時間がたっただろう。あの日から私は自分の部屋から出ていないし桜の葬式にも行っていない。
桜は余命宣告されていたらしい。記念日に泊まりに行ったときに二人が言い争っていたのは検査の結果が悪く、入院をすすめられたという話だったみたいだ。それでも私と過ごすことを桜は選んでくれた。
それ以上のことを教えてもらえなかったのは悲しかった。だけど病気のことを私に教えると同じ病気の人を救うために治療法を探して私が自分の人生を生きられないと思った桜なりの配慮だったことは教えてもらえたので少しだけ救われた。
そんなことできるほど私は頭が良くないのに桜は大げさだ。
それより余命のことをちゃんと教えて欲しかった。
そうしてくれれば学校を休んで毎日いろんなところに旅行に行って、いっぱい写真を撮って……
「なんで死んじゃったの……私を置いてかないでよ!」
涙でびしょびしょになった枕を投げるとあの日もらったプレゼントの袋が机から落ちる。
クリスマスに手紙をもらっていたことを思い出す。
『さみしくなったときに私のこと思い出しながら読んで欲しい』ってこういうことだったんだ……
赤いシーリングスタンプを剥がして読み始める。封を開けようとする私の手を恥ずかしかしそうに止める桜の手はもうない。
『私の最愛の彼女 藤宮椿へ
この手紙を読んでるということは私と別れたか、私が死んじゃったか、さみしくなったら読むという約束を破っているかのどれかでしょう。
椿は私のことが大好きで別れることはできないと思うから、他二つのどっちかだと思います。どう?当たってるかな?
私が死んじゃっていた場合、続きを読んでください。
私がまだ生きている場合、手紙を読んだことは私に内緒にして残りの時間を大切に過ごしてください。
この手紙を書いているのは12月24日だからこれから起こる思い出についてふれられないのは許してね。
まず、クリスマスプレゼントで渡したブレスレットは喜んでくれたかな?私は死んじゃってもそのブレスレットを私だと思っていろんなところに連れていって欲しいな。
次に、付き合ったばかりのときは全然表情変わらなくて正直怖かったよ。だけど一緒に勉強したり、寄り道したり、デートしたりしてだんだん柔らかくなっていく椿の表情が大好きだった。
ずっと一緒にいたいな、もっといろいろ思い出つくりたいな。
これ以上書くと涙で手紙がぼろぼろになっちゃいそうだからそろそろ終わりにするね。
最後にひとつだけ言わせてください。私のところにこようとしちゃ絶対にだめだよ。
ちゃんと自分の人生を生きてね、ずっと見守ってるからね。
2025/12/24 椿の最愛の彼女 犬飼桜より
追記
付き合った時の約束を一応守っておくね、この手紙を読んで泣いていたらそれが『好き』ってことだよ。』
桜ともう一度話しているみたいな文章で涙が止まらなくなった。『好き』なんてとっくに知ってるよ、もっと一緒にいてよ。
手紙の入っていた袋が少し厚みを持っていてまだなにか入っていることに気付く。
お泊まり会のときの写真だった。
寝ている私にキスしている桜が写っている。
これまで見た桜の顔で一番幸せそうな瞬間が切り取られている。
「ありがとう桜、あなたのこと大好きだわ」
私の中の秒針がゆっくりと、着実に動き出した。
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