第7話 野うさぎのアジト
真夜中、母の目を盗んで外に出た。
コオロギが喚く夜。息を殺して麦畑の中を走る。手にはクシャクシャになった『野うさぎの集い』のビラ。密かに拾って大切に持っていた。
『ともに戦いたい君』
勇敢なウサギの顔。手に持った小さな銃。
ともに戦いたい。僕は顔を擦って小麦畑を突っ切る。その時だ。
ビャッと目の前が白くなった。
脳が事態を認識する前に僕の細い体は何かに抱えられた。攫われる!?慌てて手足を動かす。しかしろくに食事をとっておらず日の光にも当たっていない僕は抵抗する力がなかった。体重は三十五キロしかない。僕はそのまま暗い場所に入れられた。
静かな呼吸。視界が暗いけれど何かに乗っているようだ。何かの中に入っている。中に僕を入れたソレは静かに走行音を立てて移動してる。車か?暗闇に目が慣れていなくて辺りはわからない。
「オイ、ヨシャロの子供か?」
大人の声だ。
「いいえ」と答えた。
「どこからきた?すごく小さな体。何歳?」
「二十一」
「いや冗談はよせ。本当は何歳?」
「二十一歳。二ヶ月後に二十二歳」
しばらくの沈黙。誰かが僕の腕を触る。僕は泣きそうになった。
「細すぎる。いや細い以前に小さすぎる。確認だが君は二十一歳の成人男性?どう見ても、いや……小学生に見える」
「学校行ってない。幼稚園は行きました」
「ヨシャロの子供じゃないって言ってたな。あの麦畑の周辺に住んでるのか?ごめんね色々と聞いて。ウチのビラを持ってたからさ。志願者かと思って」
「『野うさぎの集い』?」
「そうだよ」
はじめて目の前の人物が優しい声になり、ヘッドライトをカチとつける。大人の男の人だ。青い瞳。茶色い髪が緑色のヘルメットから見えている。
「君、名前は」
「オルト」
「ウチのビラを持ってたってことはレジスタンスの志願者ってことでOK?」
「レジスタンスってなんですか」
ハハハ、と複数人の笑い声がした。
「きみレジスタンスを知らずに志願してきたの?もしかして本当に、ハハ、ごめん。本当にうさぎさんたちの集まりがあると思っていた?猫の集会みたいに。ごめん、バカにしてないよ。可愛いと思って」
「『ともに戦いたい君』って、書いてあったから」
「ともに戦いたい?」
僕はうなづく。ア、と、でも声を上げる。そうだ、ママ!車に乗ってどこかへ行ったらママが心配する!
「お、下ろしてください。下ります」
「もう無理だ。ウォカテの区域Bに入った。戻れないよ。志願者だと思ってトラックに乗せちまった。もしそんなつもりでなかったのなら、後日家へ返す。とにかく、今は降りられない。すまないが」
ママ………。僕は声を殺して泣き始めた。朝起きて僕がいなかったらママは悲しむだろう。明日の朝までに戻りたい。ママが一人になる。何も考えずに行動した僕がバカだった。好奇心だけで走っちゃったんだ。
僕が肩を震わせているのを数人の男性が困ったように見つめる。目の前の人が僕の肩に手を置いた。
「数日後必ず家に返すと約束する。僕らのことを信用してほしい。僕らはウォカテと戦う。君を巻き込むことはしないと誓うし、必ず守るよ。安心して欲しい。今何が欲しい?」
「ママ……」
「お母さん?」
「ママ………」
トラックはその後一時間ほど走り、林の奥についた。止まったトラックの後ろがギーと開く。眩しい。
「ほら、降りれる?ここは安全だから。俺たちのアジトなんだ。ヨシャロからかなり離れてるけど、二日後またヨシャロに戻るからその時に君を麦畑に帰すよ。それまではここで過ごして欲しい。ええと、オルトくん。降りれる?」
「はい」
僕は男性の手を借りてトラックから降りた。男性が四人、女性が一人いた。みんな同じ緑色の服を着ている。
「ほら、あそこの小屋。あれが『野うさぎ』のアジト」
男の人が小屋を指差す。
目を凝らしてもすぐにはわからないほど、その小屋は林に溶け込むようペイントされていた。
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