第11話:黄昏の対話を彼女は知らない
(アルネス視点)
街の外れにある、古い礼拝堂の裏庭。
手入れの行き届かないその場所では、石畳の隙間から、細く背の高い草が風に揺れていた。
夕暮れの光が、草の影を長く伸ばし、石畳に不規則な模様を描いている。
灰色のローブのフードを目深にかぶった人物が、裏庭に現れた。
人目を忍ぶように足音を消し、周囲を見渡していたが、その動きはどこかぎこちない。
「時間通りに来ましたね」
ローブの人物の背後ろから、僕はゆっくりと声をかけた。
彼女は飛び上がるように振り向き、距離を取る。
声を発さず睨み返すその目には、強い警戒と、わずかな怯えが混ざっている。
「あまり怯えないでください……リディアベル=クロスヴォート嬢?」
しばらくの逡巡の後、リディアベルはフードを下ろし、固い声で返した。
「アルネス……たしか、ヴェルエルミア伯爵家の三男ね。私に何の用よ?」
「少し、話したいことがありましてね……」
僕は、仲間には見せることのない、笑顔の仮面で話しを始めた。
「最近、ギルド職員の摘発があったことをご存じないですか? 一部の冒険者に便宜を図っていたらしいですね」
リディアベルの表情が、わずかに強張る。
「それとは別ですが、報告書の筆者が変わっていないのに、ある日から筆跡が変わったパーティーがいるという話も出ていましてね。ギルドでは、“報告者の替え玉”が問題になっているようですよ」
「……それは、ただの噂でしょう?」
「かもしれませんね。まあ、そんな話は実はどうでもいいのです」
大げさにかぶりを振って、リディアベルを睨む。
「僕が言いたいのは、“サナに手を出すな”――それだけです」
「なっ、誰があんな地味女のこと――」
「彼女のことをそんなふうに呼ぶ人間は、もういません。彼女は……この街でも指折りの土魔法の使い手です」
「だから何だって言うのよっ! こっちにだって、アレクシオンっていう風魔法の――」
「知らないのですか? リューベイル家の四男が、“金で学位を買った”見た目だけの男だって」
「え……」
リディアベルは一歩後ずさり、ローブの端を握りしめた。
「そんなはず……彼は、推薦状を持っていたのよ。ギルド長の印付きで……」
彼女の声が震えていた。信じたものが崩れ、絶望へと引きずり込まれる様子に、暗い笑みがこぼれる。
「おや、狡猾な貴女にしては珍しい。まさか、あの見た目に誑かされたんですか?」
「そんな言い方はやめてっ!」
「別に貴女からの評価なんて、僕は気にしません。しかし、聡い者はもう気づき始めていますよ? サナの実力とこれまでの不遇に」
リディアベルは唇を噛み、視線を逸らした。
「私は……私は、これまで通り、ちょっとだけ……誰だって、そんなの少しは……」
可哀そうとは思わない。サナの……いや、これまで利用されてきた人たちからすれば、こんなのでは足りないだろう。
「そう。すべては貴女が蒔いた種。その責任は、貴女だけのものです」
僕は表情を消して、冷たい瞳でリディアベルを見据えた。
「サナの居場所は我々です。今更呼び戻して、いいように使おうなんて考えないことです」
語気を強めると、それに押されるようにリディアベルが後退った。
「僕の心配性でしてね……まあ、杞憂なら、それに越したことはありませんよ」
小さくお辞儀をしてその場を離れる僕の背に、リディアベルは鋭い視線が突き刺さる。
「ああ、そうだ……」
僕はくるりと振り返り、ニコリと笑った。
「“聖印”のことは、正しく伝えなくてはいけませんよ? この街に、たった二人しかいない持ち主なんですから」
「っ! 二人って……あなたも!」
「僕のは“ちゃんと”信仰の賜物ですよ」
僕は、ひらひらと手を振りその場を後にした。
愚かではあるが、馬鹿ではないリディアベルのことだ。
近いうちにこの街から姿を消し、別の街で再出発でもすることだろう。
今日のことは、サナには、何も言っていない。
今頃は仲間たちと、楽しく食卓を囲んでいるころだろう。
遅れたお詫びに甘いものでも買って帰ろうかな。
彼女は僕たちの仲間だ。
それだけで、今は十分だ。
誰かに守られていると感じるより、誰にも縛られずに、自分の足で立っているほうが、きっと似合っている。
それでも、時々――
彼女が笑っているのを見ると、少しだけ、胸が温かくなる。
それが何かは、まだ言葉にしなくていい。
彼女が、彼女らしくいられるなら、今はそれで十分だ。
彼女の笑顔の先にいる自分を夢想して、僕は帰路の歩みを早めた。
【初投稿】地味女、土魔法で我道を拓く 泉井 とざま @TOZAMA_SUN
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