第10話:少女が拓く明日への道
私たちを出迎えたのは、夜特有の酒気と熱気を孕んだギルドの空気だった。
冒険者たちの笑い声、報酬を手にした者たちの高揚、そして、戦いを終えた者たちの静かな疲労。
そのすべてが混ざり合って、ギルドの夜は、昼間とは違う顔をしていた。
“告暁の隼”の面々に気が付いた冒険者たちが次々に彼らを称える。
「おっ! ロランたちが戻ったぞ!」
「大量発生をこんなに早く……まさか」
「沼地のあそこだろ? それでも炎で戦えるゴウは、やっぱすげぇな!」
「ルミーナさん! こっち向いてくれぇ!」
次々にかけられる声は、まるで讃頌の嵐のようだ。
私の名前はそこにないけど、気にならなかった。
私には知らない誰かの言葉より、みんなの言葉の方が嬉しかったから。
カウンターまで進み入ると、受付の奥から、職員さんが飛び出してくる。
巣穴から飛び出してきた狸……じゃない、職員さんは、目をきらきらさせて、髪を揺らしながら小走りで駆け寄ってきた。
その動きは、あの日の“肉食獣”とは違って、まるで姉が、妹の帰りを待ちわびていたようだった。
「サナさんっ! 本当に、おかえりなさい!」
弾んだ声が、耳の奥まで染みわたり、私は、思わず笑ってしまった。
こんなふうに迎えられるなんて、思ってもみなかった。
彼女は、両手で私の手を包み込むように握りしめて、言った。
「速報はすでに聞いています。立派でしたよ。ギルドの誇りです」
その手と言葉は、何よりもあたたかく感じられた。
「あ? 地味女に何ができたって言うんだ?」
ひどく酔っ払った冒険者が、顔を真っ赤にしながら近づいてくる。
「どうせ、何もしてなかったくせに、ちゃっかり仕事したような顔しやがって……」
酔っ払いの言葉は、これまで何度も投げつけられてきた言葉だ。
でも、私はもう、そんな言葉に折れたりしない。
「……少しだまれ」
ロランが酔っ払いの前に立ち、冷たく言い放つ。
彼の声は、ギルドの空気を一瞬で変え、静寂をもたらした。
酔っ払いは、言葉を飲み込んだまま、ふらつきながら後退る。
誰もが、ロランの背に宿る怒気を感じ取っていた。
「ロラン、落ち着いてください」
アルネスが宥めながら進み出て、皆の視線を集める。
「今回の依頼は、我々だけの力ではありません。彼女……サナさんの協力があってこそなしえたものなのです。」
どよめく周囲に、姉妹が続く。
「サナちゃんの土魔法は、ほんとすごいんだよ!」
「彼女の魔法がなければ、私たちは泥に沈んでなすすべもなかった」
その言葉に、ギルドの空気が少しずつ変わっていく。
皆の視線が、私に集まっているのがわかった。
「おいロラン! 折角だからこの場で言ってやれ!」
嬉しそうな色を含ませた声で、先輩がロランを促す。
ロランは顔を歪ませて、こちらを見る。
その目には、いつもの無表情とは違う、何かが揺れていた。
「……サナ」
一拍置いて、彼は言った。
「今日は助かった。今後も、うちのパーティーに協力してくれ。」
ギルドの空気が、もう一度静かになる。
誰かが息を呑み、誰かが驚きの声をあげる。
私は、胸の奥が跳ねるのを感じた。
驚きと、嬉しさと、少しの不安。
でも、すぐに頷けた。
「……はい。よろしくお願いします」
その言葉を口にした瞬間、ギルドの夜が、ほんの少しだけ、温かくなった気がした。
職員さんが「よかったね」と声をかけてくれて、私は、ただ笑った。
まだ“仲間”って呼ばれるには、少し早いかもしれない。
でも、みんなと共にいたい――そう思えるだけで、胸の奥がじんわりと熱くなる。
告暁の隼の一員。
その言葉が、まだ遠くにあるようで、でも、手を伸ばせば届きそうな気がした。
――あれから私は、前髪を整えて、顔を見えるようにした。
依頼の合間のお休みに、カリーナとルミーナに引っ張りまわされて、服を選んだり、お化粧をしたり。
少しずつ、おしゃれを覚えつつある。
先輩とアルネスは私の魔法の特訓に良く付き合ってくれる。
長所が違う先輩とはいい刺激を与えあっていると思うし、アルネスは私たちの魔法をどう活かせるかをいつも考えてくれる。
ロランは相変わらずちょっと怖くて、こっちを睨んでくることがあるけど、
「あれは心配症なだけだから、気にしないで」
とアルネスに言われたから、気にしないことにした。
告暁の隼の仲間になってからは、妹扱いが加速した。
それは、少し気恥ずかしくて、でも嫌じゃない。
私の魔法で、彼らを守り、足元を支え、敵を穿つ。
戦いになれば、いつだってその関係は対等だ。
……その事実が、少し誇らしい。
広場のベンチに座り、一人で座り、空を仰ぎながらゆっくりと過ごす。
ふと、杖の先で地面を軽く突くと、砂でできたリンドウの花が咲いた。
小さく、でも凛としていて、風に散ることなく、そこに咲いていた。
私の魔法は、土の魔法。
無駄でもなく、邪魔でもなく、誰かの――仲間のためにある魔法。
私は小さな花をそっとなで、ベンチから立ち上がると、ギルドへ向かって元気よく駆けだした。
私はこれからも、この魔法と共に歩んでいく。
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