「雨の止まぬ街で」

夜の街に、雨が静かに降り続いていた。

探偵の**天城零（あまぎ れい）**は、薄暗い事務所の窓から通りを眺めていた。冷静沈着で無口、だが観察力は抜群だ。

その夜、扉のベルが鳴った。濡れた髪を手で押さえた女性が立っている。

「助けてほしいんです。夫が…消えたんです」

依頼人は青木陽子（あおき ようこ）、40代前半の落ち着いた雰囲気の女性だった。

話を聞くと、夫は今夜、仕事の帰りに自宅から姿を消したという。警察にはまだ通報していないらしい。

零は静かにうなずき、傘を取りながら言った。

「では、現場に行きましょう」

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雨の中、零と陽子は自宅へ向かう。玄関に着くと、床には小さな泥の跡と、どこかで見たことのある赤い羽根のようなものが落ちていた。

零は手袋をはめ、跡をたどる。庭先の物置に続く小道で、泥は急に途切れていた。

「ここで誰かが…持ち去った？」陽子が震える声でつぶやく。

零は庭の隅を注意深く観察する。そして、ふと視線を止めた。

そこには、濡れた足跡と共に、赤い布の一部が引っかかっていた。

零は小さな声でつぶやく。

「……違和感があるな」

布の繊維を手に取り、慎重に調べると、近くの物置の鍵穴に微かな傷がついているのを見つけた。

「中に誰か隠れている可能性があります」

零は鍵を開け、静かに物置の扉を引いた。

中には…誰もいなかった。だが、足元には濡れた靴と、一枚のメモ。

「真実は、見た目の裏にある」

零は眉をひそめた。

「これは…ただの誘導か。それとも…」

雨音が、部屋の沈黙を包み込む。

零はこの小さな手がかりから、大きな謎の輪郭を見抜くことができるだろうか――。

零はメモを手に取り、濡れた足跡を追いながら、街灯に照らされた路地を歩いた。

「真実は、見た目の裏にある」――言葉の意味を反芻しながら、彼は物置の近くで立ち止まった。

ふと、目の端に不自然な影が映る。

路地の向こうに、男の影が立っていた。

零は素早く身を隠し、観察する。

その男は、泥だらけの靴を履き、赤い布の切れ端を握りしめていた。

「…まさか、陽子さんの夫…？」

男が手を伸ばすと、物置のドアが静かに開き、別の人物が飛び出した。

その人物は――陽子だった。

「な、何を…？」零は驚きつつも、冷静に状況を整理した。

陽子は息を切らし、男に向かって叫んだ。

「離して！あなたの嘘、もう終わりにする！」

その瞬間、男の手から赤い布が落ち、零はすぐに拾った。布には小さな刺繍で「A.K.」と刺されている。

零は推理を口にする。

「つまり…陽子さん、あなたは夫の失踪を偽装して、別人の存在を隠そうとしていたんだな」

陽子の顔が一瞬、血の気を失ったように青ざめる。

「…あなた、どうして…」

零は雨の中で静かに答える。

「足跡、物置の鍵穴の傷、そして赤い布…すべては矛盾していた。誰かを消そうとした痕跡はあるが、夫は最初からあなたの計画の一部だった」

その時、背後から警察のサイレンが近づいてくる。

零が一歩踏み出すと、陽子は自ら降伏を示すかのように両手を上げた。

雨に濡れた街に、静かな緊張が溶けていく。

零は再び窓の外を見つめる。

「真実は、見た目の裏にある――そう、誰もが自分の影の中に隠している」

雨は止む気配を見せず、街を洗い流すかのように降り続けていた。

「雨の止まぬ街で」

雨の夜、探偵の天城零は濡れた街を歩きながら、事件の全貌を整理していた。

依頼人の青木陽子の夫・浩二の失踪は、一見ただの行方不明事件に見えた。しかし、零は初めからどこか不自然さを感じていた。

物置で見つけた赤い布、鍵穴の傷、そして足跡。すべてが小さな矛盾を孕んでいた。

零は推理を口にする。

「陽子さん、あなたは夫の失踪を偽装しようとした。しかし、その計画は裏目に出た」

陽子は震えながら告白を始めた。

「夫は…浮気していたの。何度も裏切られて、もう耐えられなかった。だから一度、姿を消させて…でも…」

零は黙って頷き、次の問いを投げかける。

「では、赤い布の持ち主は？」

陽子は目を伏せる。

「それは…私の妹。夫に直接復讐する勇気がなくて、妹に手伝ってもらったの…」

その瞬間、雨音の中で微かな足音が聞こえた。

路地から現れたのは――青木浩二本人だった。

彼は濡れた顔で、震えながら立っている。

「全部…バレてたのか…」浩二は声を震わせた。

陽子は零にすがるように言う。

「でも、もうどうしていいか…」

零は冷静に指示した。

「二人とも警察に事情を話すべきだ。真実を隠そうとするほど、問題は大きくなる」

その後、警察が到着し、事件は一応の解決を見た。

浩二は浮気を認め、陽子と妹は計画に加担した事実を告白。

刑事たちは事情聴取を続ける中、零は静かに街灯の下に立ち、雨に濡れた街を見つめた。

「真実は、見た目の裏にある」

誰もが隠したくなる自分の影。しかし、いずれそれは表に現れる。

雨は止まず、街を洗い流すように降り続けていたが、零の目には、少しだけ晴れた未来が映っていた。