第4話 人生最高の日
(終わった……何もかも……)
家に帰ると、ベッドに突っ伏して私は失意に暮れていた。
(どこで間違えたんだろう……。蒼太の言葉を察せなかったこと……? あんなタイミングで好きな人を聞いたこと……? 蒼太が好きな事に昨日まで気づけなかったこと……?)
そこまで考えたところで思わず涙が出そうになるのをシーツを握りしめて堪える。まるで世界の終わり、人生の終わりみたいな気分の中、私の頭はある言葉に支配されていた。『俺のこと信頼してくれて今も昔もいつも近くにいる奴』これが指している人物が誰なのか、私はこの地獄のような気分を少しでも紛らわせる為に考えを巡らせ始める。
(……蒼太が好きな『俺のこと信頼してくれて……いつも近くにいる奴』って誰なんだろう……? 蒼太のことを信頼してる……ってとりあえずみんな大なり小なり当てはまりそうだけど……。そうなるといつも近くにいる奴で考える……? 多分畑野さんと稲田さんと先輩は違うよね? 学校とクラスと学年が違うし、いつも一緒にはいない……。あ、でも私が知らないだけでイン◯タのDMとかでやり取りしてんのかな? あ、ヤバイ死にたくなってきた……。……でもそれを『いつも近くにいるって』言うのかな……? ちょっと保留にしよう……。となると次の候補は同じクラスの桜川さんと内田さん? 信頼してるってことは勉強とか見てもらってるっぽい内田さんかな? でも蒼太の言い方的に蒼太が信頼してるんじゃなく蒼太の事を信頼してるんだよね? そうなると桜川さんも候補に上がってくるか……。あの人が蒼太のことをどう思ってるのか具体的にはわからないけど、絶対悪くは思ってない。でもそれは内田さんもそうで……。あ〜わかんなくなってきた……)
頭がこんがらがってくる。しかし、私は思考を止めない。
(……蒼太『今も昔も』って言ってたよね……。今はともかく昔もってどういうこと? 昔ってどれくらい昔? だってここ数日会った女子って会ったの高校生になってからでしょ? まだ高校1年なのに昔からってちょっとおかしくない? でも昔って言ったって高校以前の女子の知り合いなんて私しか……)
瞬間、ある仮説が私の頭を過ぎる。
(あれ……もしかして……蒼太の好きな人って……私……?)
その瞬間、蒼太があの時怒った理由とその前の言葉が繋がった感覚がした。少しして、私はスマホを取り出し蒼太に通話をかける。数コールの内に蒼太が通話に出る。
「……何だよ?」
「あ、もしもし蒼太? その……帰り道の時のこと……謝っておきたくてさ……。ごめん……」
「……いいよ別に……。気にしてない」
「ありがと……。それと蒼太……。もう1つ聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」
「……良いけど……」
「ありがと……。その……蒼太好きな人がいるって帰り道言ってたじゃん?」
「言ったな……」
「うん……それで……その好きな人が『俺のこと信頼してくれて今も昔もいつも近くにいる奴』みたいなこと言ってたじゃん?」
「言ったな……」
「うん……それで……自意識過剰かもしれないんだけど……その好きな人って……私だったり……する……? だって、昔からの女子の知り合いって私くらいだし……」
破裂しそうになるくらい高鳴る心臓の音を聞きながら私がそう言うと、少しの間蒼太が無言になる。そして「はあ〜……」というため息と頭を掻くような音が電話越しから聞こえてくる。
「気づくのおせーよ……」
そして、次に放たれた蒼太の言葉に私は顔が熱くなっていくのを感じた。
「え……あ……そう……なの……? な、なんで……?」
聞き返す私に、蒼太はゆっくりお話始める。
「小学校の低学年くらいの時かな……俺が疑われた時あっただろ?」
「ああ……あったね……。ゲームのあれでしょ?」
「そうそう。クラスメイトが持ってきてたゲームが無くなって。俺が欲しがってたのとあの時最後に教室から出たのが俺なのもあって真っ先に盗んだって疑われたあれだよ」
「持ってきてたのがよりにもよっていつも声デカくて仕切りたがる奴で、『白雲が盗んだ』って言い出してみんな流されちゃって、結果的に蒼太がクラスみんなから責められる形になってた胸糞悪いあの事件?」
「そ、あん時はマジでこの世の地獄ってくらいしんどかったんだけどさ。陽加だけは俺のこと庇ってくれたよな」
「だって蒼太は羨ましいから盗むなんてことしないもん」
あっけらかんと答える私に蒼太の笑い声が通話越しに聞こえてくる。
「……あん時も同じこと言ってくれたよな……皆の前で……」
「だって本当のことでしょ? あの時も結局蒼太が教室出た後隠し忘れてたのを先生に没収されてたっていうくだらないオチだったし」
「……そうやって真っ直ぐ俺のこと信じてくれるから好きになったんだよ……」
「え……」
蒼太の一言に私は思わず声を漏らす。
「でも、やっぱり好きな奴にはカッコいいって言われたかいからさ。気づいてないかも知れないけどあれから俺なりに少しずつ頑張ってたんだよ。まあ、それでも中学までは助けて貰うこと多かったけどな……」
「そうなんだ……」
「そう。高校になってクラスも変わって、今度こそ俺1人で頑張って見ようって思って、そしたらいつの間にか女子の友達とか知り合いも増えてたけど……。俺が好きなのはあの時からずっと陽加だけだ。あーやべ……死ぬほど恥ずかしくなってきた……」
聞こえてくる声の遠さや息遣いから、今蒼太が恥ずかしがって俯いているのが通話越しでもわかる。
「陽加は俺のこと好きじゃないかも知らないけど……少なくとも俺はそう思って――」
「そんなことない!」
言葉を遮るように私は声を上げてしまう。ほんの僅かな間をおいて、今度は私が話始める。
「わ、私も……蒼太のことが好き……。その……昔お祭りで助けて貰った時からずっと……」
「そうか……。ならあの時勇気を出した甲斐があったな……」
蒼太のその言葉に私は俯く。数秒の静寂の後、口を開く。
「じゃ……じゃあその……ほら……私達お互い好き同士だったみたいだし……その……つ……つきあったりとか――」
「うん。俺は陽加の事が好きだ。付き合って欲しい」
今までとは違う、はっきりとした声の蒼太の告白を通話越しに聞く、顔を耳まで真っ赤にしながら口を開く。
「っ〜〜〜〜! 私でよければよろしくお願いします……」
「……ありがとう。じゃあ……これで彼氏と彼女ってことで……」
「うん……」
それを最後に互いに無言となり、静かな時間が訪れる。その静寂を破ったのは蒼太からだった。
「……一旦通話切る? 落ち着く時間とか……欲しくないか……?」
「うん……。そうする……」
「わかった。じゃあまた学校で」
「うん……」
そう言って待っていると、スマホから通話の終了した音が聞こえてくる。緊張の糸が切れ、全身から力が抜けた私はベッドに身を投げ出す。
「えへ……えへへぇ〜……えへ……」
緊張の糸が途切れ、安心感と静かに、けれど溢れる程噴き出してくる幸せな気持ちに浸かり、思わず笑みが溢れてしまう。自分じゃ見えないからわからないけど、きっと緩み切っただらしない笑顔なんだろうな。でもそれで良い。というよりどうでもいい。今の私からすれば些細なことだ。ただ今はこの幸せを嚙みしめたい。それだけだった。
「お姉ちゃんご飯! あれ……」
数時間後、陽加の妹がそう言って扉を開ける。
「寝てる……」
そこには緩んだ笑顔を浮かべながら膝立ちのような状態でベッドに倒れ込んで眠る陽加の姿があった。
翌日。私は蒼太と一緒に登校していた。
「へくしっ!」
「……大丈夫か?」
「平気……。昨日通話の後安心して寝ちゃったから……多分それだと思う……」
「あ~わかる……俺もあの後ずっと身体がふわふわしてる感覚になってた」
「そうなんだ……」
蒼太の言葉に、昨日のことは現実だったという事実と蒼太も私と同じような気持ちだったことに言いようのない嬉しさを感じてしまう。けれど、まだイマイチ実感のない私はとんでもないことを口走る。
「私達……なったんだよね……その……彼氏と彼女に……」
「……ああ」
「……じゃあせっかくだから……それっぽいことしてみる? ぐ、具体的なことはちょっとよくわかんないけど……。あ、蒼太が嫌だったら別に構わな――」
途中で恥ずかしくなり、予防線を張るより早く蒼太が私の手を握り、指を絡める。俗に言う恋人握りだ。
「とりあえず……今はこれで……駄目か……?」
蒼太が耳まで顔を赤くしながらそう尋ねてくる。そんな蒼太に私の顔も一気に熱くなっていくのがわかった。
「だ……駄目じゃないです……」
「そうか……じゃあ……このままで……そっちから離してくれて構わないから……」
「はい……」
それからはお互い無言で通学路を歩いていく。硬くて大きな蒼太の手の感触と、体温と、どっちがかいているのかわからない手汗の感覚に私達はもう幼馴染のままじゃいられないんだと悟る。けどそれでいい。今私が一番強く思っていること。これからは幼馴染じゃなく彼氏彼女として、これまでの時間より長く一緒にいたい。それだけだった――。
もう幼馴染のままじゃいられない! 荒谷宗治 @Aratanisouji
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