第3話 やらかした……?

「大丈夫か? なんかふらふらしてるぞ……」

「う、うん……ちょっと寝不足で……」


 学校終わりの帰り道、蒼太の質問にとりあえずそう答える。嘘は言っていない。


「……なんか悩みでもあるのか?」

「え、あ、悩み? いやあると言えばあるんだけど無いと言えば無くてね。そんな大したことじゃないんだけど結構大事なことではあると言うか……まあこれが重要かどうかは人それぞれというか……」


 要領を得ない私の回答に蒼太は首を傾げている。う、ヤバイ。変に思われるかも。


「あの……なんて言ったらいいんだろう……価値観は色々あるから大事なことも色々あるというか……」

「あ、危ない!」

「えっ? 痛っ!?」


 蒼太の言葉が聞こえてきた時にはもう遅かった。意識の外から来た顔への衝撃と痛みに思わずうずくまる。どうやら電柱にぶつかったみたいだ。


「いった……いったぁ〜い……」

「大丈夫か?」

「大丈夫……」

「そっか。ちょっと待っててくれ」


 痛む額を抑える私に蒼太がそう言って声をかけると目と鼻の先だけど帰り道とは別方向の角を曲がる。そして、1分もしない内に戻ってくる。手には2本のペットボトル。


「ん」

「え」

「寝不足のせいかもだけど、今日の陽加何だかずっと落ち着いてない感じがするから……。水でも飲んだら少しは違うかなって」

「……ありがと」


 そう言って蒼太が突き出してきたのはペットボトルの水だった。無駄な心配させちゃって申し訳ない気持ちになったけど無下にするのもそれはそれで申し訳ないので受け取る。

 私が受け取ったのを確認すると蒼太は自分の分の水を飲み始める。少し飲んだところで口を離してペットボトルを眺める。蒼太のその姿を見て、私も貰った水を飲み始める。


「あ、悪い! それ多分俺がもう口つけたやつだ!」

「ブフッ!?」


 次の瞬間飛んできた蒼太の一言に、飲んでいた水を吐き出し咽せる。


「ゲホッ! ゲホッ! 何で……! 何で口つけた奴……!」

「ごめん……。俺も喉渇いてたからちょっと飲んじゃって……。あ〜……何やってんだろ久しぶりに2人だから俺も緊張……疲れてんのかな……。悪い、こっちも口付けちゃったし新しいの買ってくるよ……」

「いい……」

「え?」

「新しいの買わなくていい……」

「いやいいよ。バイト代入ったばっかで金あるし……」

「ダメ! お金の事なあなあにするのは人間関係においてトラブルの種でしかないから! 今日私が蒼太に買ってもらった飲み物は1本だけ! それ以上もそれ以下も無い! わかった!? お金も後でちゃんと払うから!」

「お、おう……。わ、わかったよ……」


 私の剣幕に蒼太が若干戸惑いながらも引き下がる。


(良かった……これで蒼太が口つけた水を飲める……。……今私凄くキモい言い方してなかった? ……そんなことどうでもいい! 貰ったものなんだからちゃんと飲み干さないと失礼! よし!)


 そう思い、私はペットボトルの水を一気に飲み干そうと口の中に注ぎ込む。


「ぶぼぉっ!?」

「うおっ!?」


 次の瞬間、全て噴き出して私は激しく咳き込む。


「大丈夫か!? どうした!?」

「入った!! 気管に入った!! 飲むとき勢いが付き過ぎて気管に入ったの!!」

「何やってんだよ!? 何やってんだよ!?」

「飲むとき勢いが付き過ぎて気管に入ったって言ってるじゃん!!!」


 うずくまる私に蒼太が心配するような声を掛けてくれるが、恥ずかしさと苦しさで訳のわからないことを言ってしまう。多分蒼太もちょっと訳わからなくなってると思う……。


「何やってんだよも〜……。大丈夫――」

「来ないで!!」


 若干呆れながらも近づいてくる蒼太に背を向け、私は声を張って拒絶する。


「え……なんで……」


 予想外の反応に、蒼太は若干戸惑った声を漏らす。


「今……鼻から出てる……さっき飲んだ水が……鼻水と一緒に……」


 そして、私の報告に蒼太は何も言わない。でもそれは絶対深刻さを感じたからじゃなくて、呆れに近い感情からくるものなんだろうなと、背を向けている状態でもわかった。


「……ティッシュ使う?」

「……ありがと」


 蒼太が差し出してくれたティッシュを私は顔を抑えながら受け取った。





 (もう最悪……)


 咽せるのも収まり、ティッシュで顔を拭いた私は空を仰ぎながら蒼太と歩いていた。


(他のみんなはいい感じなのに何で私だけ鼻から水と鼻水を出してるの? 気合い入れた直後にこれって凄く出鼻をくじかれた気分なんだけど……)


 そんなことを考えながら歩いていると、2人の女性が歩いているのが目に映る。1人は薄茶色のロングヘアーに軽いパーマをかけた黒目がちの女性。もう1人は黒髪を肩のあたりまで伸ばした細身の女性だった。


(わ〜……大学生? 茶髪の人とかセーターとロングスカートでなんか凄く大人っぽいな〜……。それに黒髪の人もTシャツとデニムとかいう格好なのに似合ってるの凄くない? 私がやったら絶対ああはならない……。いいなぁ〜……。私もあんな風になりたい……。そうすれば蒼太とももう少し……。身長180超えた蒼太と違って、あんまり成長してないんだよね私……)


 そんな事を考えながらその女性2人とすれ違う。


「あ、白雲さんお疲れ様」

畑野はたのさんお疲れ様です」


 すると、蒼太と黒髪の人がすれ違い様に挨拶をする。


「ええっ!? ちょっと蒼太あの人と知り合いなの!?」

「ん? ああ、バイト先の先輩」


 声を張る私のテンションと違い至極冷静に答える蒼太。


志穂しほ。知り合い?」

「うん。新しくバイトで入った子」


 後ろから聞こえてきたその会話で蒼太の言うことが本当だとわかる。そのまま歩き続ける蒼太に小走りで近づくいて私は話始める。


「あ、あのさ……さっきの畑野さん……? だっけ……? ど、ど、どういう人なの……? どう思ってるの……?」

「はあ?」


 明らかに動揺しながら質問する私に蒼太は首を傾げる。けれど、それ以上特に何か言うわけでもなく話始める。


「どういう人って言われても……仕事のこととか色々丁寧に教えてくれるし……普通にいい人だと思う……」

「へ、へぇ〜……そ、そうなんだ……」

「後変な知り合いがいる人でもあるな。2メートル超えで筋肉ゴリゴリの反社会勢力みたいな知り合いがいるとか。で、畑野さん曰く宇宙人みたいなぶっ飛んだ奴らしい」

「な、何それ……? 本当の話なの?」

「陽加と同じクラスの稲田いなださんから聞いたから本当だと思うけど」

「え、稲田さんと話したことあるの?」

「バイト先一緒だから」

「そ、そーなんだ……」


 警戒してなかったところから新たな関わりが判明して、もう喚くこともできない程の動揺が私を襲う。私の知らない所で蒼太は女子とどんどん関りを増やしてる。もしかしたら畑野さんと稲田さん以外にも女子の知り合いがいるのかも。もしかしたらその中に好きな人がいる可能性も0じゃない。候補は桜川さん達3人だけだと考えてると足元掬われるんじゃ……。でももし畑野さんみたいに学校外の関わりじゃ今日みたいな偶然か蒼太のSNSアカウントを根気強く監視するくらいしか……。うわ、なんかストーカーみたい……キモ……。ていうか、受け身の対応じゃ駄目な気がする……。そもそも私が何も考えず呑気してたせいでこんな事になってるんだからもっと強気に行かないと。でも強気に行くって何をどうやって――。


「蒼太って……好きな人いるの……?」


 ――気が付くと私はそんな言葉を私は口走っていた。


「……何で急にそんなこと……」

「……蒼太に好きな人いるって聞いたから……。それに……最近蒼太女子の知り合いとかも多くなってるし……どうなのかなって……」


 数秒間の静かな時間の後、当然蒼太が聞き返してくる。もう後戻りできない私は心臓バクバクのまま突き進む。また数秒間静かな時間が訪れる。


「……いるよ。好きな人」


 蒼太の返答に心臓がドキリと跳ねる。全身が緊張で強張り、息が浅くなっていく。


「ど……どんな人……?」


 はっきり名前を出される怖さに若干声を震わせながら少し遠回しな聞き方をしてしまう。私の質問に、蒼太はまた口を閉ざす。まるで処刑を待つ罪人のような気持ちで私は次の言葉を待つ。


「そうだな……俺のこと信頼してくれて……いつも近くにいる奴……かな……今も昔も……」


 その返答にパッと蒼太の方へ顔を向ける。


「……え、誰?」


 それだけでは誰かわからずに聞き返す。

 

「バッ……! お前っ……! っ〜〜〜! もういい!」


 すると、怒ったように蒼太は言葉を詰まらせ、早足でその場から離れる。

 

「え!? ごめんごめん! ちょっと蒼太待って! あ……」


 予想外の蒼太の反応に、戸惑っていると、あっという間に蒼太は私を振り切ってしまう。何も無い空間に伸びた手を私はゆっくりと下ろして、呆然とその場に立ち尽くしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る