第4話 公園と年下男子
「終わらない・・・」
思わず弱音が出てしまう。
月末は取引先への書類作成や精算などがあり、いつもかなり忙しい。
それは覚悟していたのだが、まさかの後輩がインフルで一週間休みになってしまった。
時計を見ると、17時を指している。
パソコンを見ると、仕事は半分程度しか終わっていない。
投げ出したい気持ちになるが、そういうわけにはいかない。
インスタントのコーヒーを淹れて飲んでみるが、…味気ない。
カフェのコーヒーが恋しい。
「ふぅ・・・」
「大丈夫か?」
振り返ると、
「大丈夫って言いたいけど、結構きつい」
「だろうな。今月は売上好調だったから、処理する量もいつもより多いだろ」
「そう」
「手伝ってやろうか?」
佐久間がパソコンを覗いてくる。
「佐久間は処理の仕方知らないでしょ?大丈夫。今日できる限りやって明日の朝も頑張れば間に合うよ」
「そうか?まぁ無理するなよ」
そういうと「お疲れ様でーす」と佐久間は周りに挨拶して帰って行った。
「ふぅ・・・」
気づくと、21時を回っている。
頑張ったおかげで、終わりが見えてきた。
「よくやったー」
1人で椅子に座ってくるくる回る。
カチャ・・・
部屋の扉が開く音がする。
さっき最後に部長が帰ったので、何か忘れものだろうか。
ドアの方を見ると、佐久間がレジ袋を持って立っていた。
「お疲れ」
佐久間は一度帰って着替えたのか、パーカーにジーパンとラフな格好だ。
「どうしたの?家に帰ったんじゃ・・・?」
「あぁ。腹減ってるんじゃないかなって思ってさ」
佐久間は袋を差し出した。
袋の中には肉まんが入っている。
「いいの!?ありがと」
早速肉まんをパクっと一口食べる。
昼ごはんも食べていなかったせいか、いつも以上に美味しく感じる。
「美味しい!」
「肉まんくらいで大げさだな」
佐久間は子供でも見るように優しく笑って、隣の椅子に座って、同じように肉まんを食べた。
「終わりそうか?」
「うん、もう終わり」
「じゃあ帰るか」
佐久間と駅まで歩くと、「また明日」と別れた。
電車に乗って、疲れたとホッとしていると、スマホが震えた。
“今日はお疲れ!あの量を終わらせるとかさすがだな。明日遅刻すんなよ”
佐久間からだ。
“肉まんありがと。遅刻しないように早く寝るわ”
そう言ってスマホを閉じると、気づいたら眠っていた。
最寄り駅で目覚めて慌てて、電車を降りた。
「ふぅ」
背伸びをすると、月が見えた。
今日は満月のようだ。
「綺麗」
疲れたが仕事も終わらせることが出来て、気分がいい。
帰りに何かコンビニでスイーツでも買おうかと思っていると、見知った背中が見えた。
「
「あ、
同時に話して、なんだか笑ってしまった。
だだ笑っている高瀬の瞳の奥が少し暗い気がする。
「今帰りですか?」
「えぇ」
「遅くまでお疲れ様です」
二人で並んで歩き出す。
前をみると、高さの違う2つの影が伸びている。
人通りも少なく、二人の歩いている音だけが聞こえている。
何か話そうと思うが、高瀬のいつもと違う雰囲気に言葉が出てこない。
あっという間にアパートの近くまで来た。
「あの良ければ、少しどうですか?」
高瀬がそう言って指差した先には公園があった。
ベンチに腰掛けると、「どっちがいいですか?」さっきコンビニで買ったのか、お茶と水を差し出してきた。
「選択肢がなくてすいません、今これしか持ってなくて・・・」
「じゃあ、水を」
水を受け取って一口飲んでみる。
少し喉が渇いていたので、冷たい水がちょうどいい。
「仕事終わりに誘っちゃってご迷惑じゃなかったですか?」
「全然そんなことないです」
「良かった」
高瀬はホッとした顔で口元を緩めた。
「今日は残業だったんですよね?」
「後輩が体調不良で急に休みになっちゃって」
「それは大変ですね。永野さんってどんなお仕事されてるんですか?」
「営業事務をしてるんですけど、会社は雑貨とか取り扱う会社です」
「営業事務さんですか。営業の方をサポートする仕事ですよね。すごいな」
高瀬に褒められて、ドキンと胸が打つ。
隣に座る高瀬の肩がすぐそこにある。
この心臓の音も聞こえてしまいそうで、息を飲んだ。
「永野さんはどうしてその仕事に就いたんですか?」
「あー、正直そんな理由があるわけじゃないんです・・大学生の時に就活して何となくって感じで。でも今はやりがいを感じたりすることもあります」
「そうなんですね」
高瀬は真っすぐに遠くを見ている。
横顔が月に照らされて、愁いを帯びたような瞳にさらにドキドキしてしまう。
「何か仕事のことで悩んでるんですか?」
「俺、高校出て、大学行きたかったんですけど家庭の事情で行けなくて・・・。色んなアルバイトして将来何したいのかって考えたりしてるんですけど、結局何したいのかわからなくて」
月が雲に隠れて、高瀬の横顔が暗くなる。
「すいません、こんな話」
「私も思うときありますよ、もしこの会社じゃない他で働いてたらって。なんとなくて就活して決めちゃったから、他にも選択肢があったんじゃないかって。私はもうこの年齢ですし、今の仕事に不満があるわけでもないので、きっとこのままですけど、高瀬さんはまだ若いでしょう?すぐに答えを決めずに、真剣に向き合うのもいいと思います」
「人生は長いですから」
励ますように明るく言って、ガッツポーズをする。
高瀬は少し驚いた顔をしていたが、やがて穏やかな顔になって微笑んだ。
「ありがとうございます。そうですよね、人生は長いですもんね」
「そうですよ。高瀬さんはまだまだこれからですよ」
「そんな永野さんとそんなに歳変わらないですよ」
「いや・・・それは」
歳の話になって、現実に戻った気持ちになる。
笑って誤魔化そうとしたが、「僕は22歳です」と答えられてしまった。
そう言われては、こちらも答えるしかない。
「えっと・・・29歳です」
「永野さんってすごくお若くみえますね。笑った顔が可愛らしいから」
高瀬にそんなことを言われたら、心は天にも昇る気持ちだ。
頬が力を失ったように緩んでニヤついてしまいそうになるのを抑えて、誤魔化すように「結構おばさんで驚いちゃったでしょ」と言った。
「いえ、おばさんなんて思いません。29歳はおばさんじゃないですし、永野さんをみて叔母さんって思う人はいないと思います」
高瀬は不思議そうな顔をしてそう言うと、「永野さんに話して良かった」と立ち上がった。
月がまた雲から出てきて、二人の影を映し出した。
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