第3話「孤独の影と、芽生えた変化」

 魔王城での生活は、屈辱と戸惑いの連続だった。

 ゼノンは俺を丁重に扱ったが、それはペットや所有物に対するそれに近い。

 食事も、入浴も、彼の監視下で行われ、夜は同じベッドで眠ることを強制された。

 もちろん、彼が俺に手を出すことはなかったが、すぐ隣で眠る魔王の気配は、俺の神経をすり減らすには十分だった。


 俺は何度も脱走を試みた。

 しかし、この城はゼノンの魔力そのものでできている。俺がどこへ行こうと、彼の掌の上でしかなかった。


「無駄なことはやめろと言っているだろう」


 城の中庭で警備の魔物を振り切った俺の前に、ゼノンが音もなく現れる。

 その声は冷たいが、どこか呆れているようにも聞こえた。


「お前の元で生きるくらいなら、死んだ方がましだ!」

「死は許さん。お前は俺のそばで、永遠を生きるんだ」


 彼の執着は、もはや狂気の域に達している。

 なぜそこまで俺にこだわるのか、全く理解できなかった。


 その夜、俺は悪夢にうなされるようになった。

 元の世界で死んだ時の、あの事故の夢だ。

 冷たいアスファルトの感触、迫りくる車のヘッドライト、そして全身を襲う衝撃。


「うわあああああっ!」


 悲鳴を上げて飛び起きると、体は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。

 心臓が激しく脈打ち、呼吸が浅くなる。


「ハルキ、どうした」


 隣で眠っていたはずのゼノンが、俺の体を支えるように抱きしめた。

 彼の腕の中は、不思議と温かかった。


「……離せ」

「嫌だ」


 抵抗する俺を、ゼノンはさらに強く抱きしめる。

 彼の胸に顔をうずめる形になり、トクン、トクンと穏やかな心音が聞こえてきた。


「……怖い夢でも見たか」


 尋ねてくる声は、いつになく優しかった。

 俺は何も答えなかったが、彼は構わずに俺の背中をゆっくりと撫で続ける。

 その子供をあやすような手つきに、張り詰めていた緊張の糸が、ふっと緩むのを感じた。


「俺は……永い時を一人で生きてきた」


 不意に、ゼノンが静かに語り始めた。


「王として、絶対的な力を持つ者として、俺に並び立つ者はいなかった。誰もが俺を恐れ、崇めるか、あるいは憎むか。孤独だった」


 彼の声には、今まで感じたことのない寂しさがにじんでいた。


「だが、お前は違った。その魂は、何者にも屈しない強い光を持っていた。初めてだ、こんな感情は。手に入れたい、この手で永遠に慈しみたいと、そう思った」


 俺は何も言えずに、ただ彼の言葉を聞いていた。

 絶対的な支配者だと思っていた男の、初めて見せる弱い部分。

 その孤独の深さに触れた時、俺の心の中に、今までとは違う何かが芽生え始めていた。

 憎しみや恐怖とは違う、もっと複雑な感情が。

 その夜、俺は初めて、ゼノンの腕の中で抵抗せずに眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る