心霊スポットを作る方法

@1siki

第1話 至高のゆで卵を作る方法

7分45秒。

この数字が何かお分かりだろうか。

まさに、そう。

ゆで卵を作る上で最適な茹で時間に他ならない。

では最適とは何か。

半熟、硬茹で、そのちょうど中間からやや硬茹でに近い状態のことである。

この状態を完全に再現するには、全身が熱湯に浸かったその瞬間にカウントを始め、7分45秒きっかりに湯からすくいあげる。

1秒の遅れもあってはならないシビアな世界だが、ここで気を抜いてはならない。

すぐに氷水に入れなければ、殻と膜の隙間が癒着し、殻を剥く際に可食部まで剥がれてしまう。

そうなっては元も子もない。

茹でてすぐに冷やす。この段階は女性の相手をするように、丁寧かつ慎重を期す必要があるのだ。


ゆで卵を氷水に数分浸すと、ワタシは額の汗を拭い、そっと卵を拾いあげた。

さて、「割り」の段階である。

今ワタシが立っているテーブルは、木製で角が丸く加工されていたため、果たしてちゃんと割れてくれるか些か疑問であった。

しかし、ほかに適した角も見当たらないので、ガンッと勢いよくぶつけると、殻はいとも容易くひび割れた。

おっと、ここで安易に剥き始めてはならない。ひび割れた箇所を中心に、そのまま卵を縦断するように連続してテーブルに殴打する。

するとひび割れは縦へ縦へ伸びていき、卵を囲むように完全な円を作り出した。これで殻は随分はがれやすくなり、失敗は起こり得ない。

ワタシが数多の経験の中で得たこれらのノウハウと、血が滲むような努力の先に至高のゆで卵は顕現する。


すべての殻を剥き終えると、露わになったゆで卵をそっと手のひらにのせ、ジッと見つめた後、ワタシは半分ほどを口へ運んだ。


絶妙だ。


しかも、しかもだ。

今日はいつもの食卓塩にとどまらず、岩塩まであるじゃないか。

最初こそ使い方がわからなかったが、慣れてみるとどうだ、このミルとかいう機械は実に便利である。

ピンク色の大きな塩の塊が削り削られ、みるみるうちに雪の結晶ほどの大きさになった。

半熟の断面に降り注ぐそれは、食べ物の域をとうに超え、眼前にはアートが広がっていた。



ゆで卵を食べ終えたワタシは、この些細な幸せを存分に噛み締める

ワタシは何て幸せなんだろうか。

好きなものを食べ。

好きに生きることができる。

ふふふふふふふ

思わず口の端から笑い声が漏れる。

ワタシは人生の絶頂の最中にいると、そう確信しているからだ。

さあ、明日はどこの家に行こうか。

いや、焦ることはない。もう、ワタシはどこにだって行けるのだから。


ワタシは床に転がる山崎和夫を踏みつけると、軽く会釈をしそのまま山崎家を後にした。

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