新選組一番隊組長として知られる沖田総司の「縁者」なる女の墓が京都の光縁寺にある。
墓は戦後になってから建立した昭和のもので、もともとは、寺の過去帳にしかその記載はない。
光縁寺の場所は、新選組が屯所にしていた八木邸・前川邸のすぐ近く。
新選組の関係者が数多く葬られていたことから、この「沖田氏縁者」の「沖田」とは沖田総司のことであろうとされている。
この女はいったい誰。
実名も分からず、他にろくな文献もないことから、関係は憶測する他ない。
第一候補は恋人だろう。
そしてその恋人は他に縁者がいなかった。だから没後は沖田の縁者として記録されたのだ。
過去帳にある「沖田氏縁者」の記述の真横には、弔問者の名として「大阪 酒井意誠吊(吊=弔)」と記録されている。
この酒井意誠は養子で、養父である酒井意章が動乱の京にいた時分、沖田総司に少々世話になったそうだ。
そして酒井意章は、沖田総司と恋仲であった女(石井秩)が病没すると、石井を光縁寺に葬ってやったというのだ。
ただしこれは完全なる俗説で、まったく証拠はない。
養父が葬った見知らぬ女を、その養子である酒井意誠がわざわざ光縁寺に弔いに来るというのも不自然だ。
俗説はご丁寧にも、石井秩の連れ子の娘と、石井と沖田総司の間に生まれた娘の二人を、酒井意章が引き取ってやり、そして石井の娘と養子の酒井意誠が結婚したというオチまでつけてある。
それであれば、京都光縁寺に現われた酒井意誠は、自分の妻の母親を弔いに来たのだから、辻褄は合う。
ものすごくよく出来ている。
ただし、まったく証拠がない。
沖田総司と石井の間に生まれた娘にしても、奈良に嫁いだような話もあるが、確認は取れていない。
「大阪 酒井意誠吊」の記述も当時の住職ではなく、明治四十年代になってから書き込まれたものだそうだ。
「沖田氏縁者」と「酒井意誠」という材料から、ここまでの話を作り上げてしまったとしたら、歴史二次創作としては上出来だ。
その一方で、「沖田氏縁者」の正体は今も、それからこの先も、ずっと謎のままである。
さてこちらの「総司がふたり!!」は並行世界から「あちらの沖田」がやって来て、こちらの沖田総司と逢う設定になっている。
「あちらの沖田」は女である。
沖田総司は、自分とほぼまったく同格の剣の達人である女沖田に困惑しながらも、双子のようなその女としばらく行動を共にすることになる。
どうかすると歴史おたくが拒絶反応を起こしそうなこのトンデモ設定が、筆者の手にかかると、屯所の中を歩いている彼らの声が聴こえてきそうな気がするほどに生き生きと頭に入ってくるのだから、まったくすごい。
花も実もある嘘を書くのが小説ならば、その花も実も豊かに咲いて庭から匂っておりますという具合である。
沖田総司が実は女、そんな創作物はちらほらあれども、並行世界から女の沖田が落っこちてくるというのは珍しい。
描写の巧さに引き込まれていくうちに、夭折した天才剣士と『沖田氏縁者』の話なのだということを忘れてしまいそうになる。
彼らは青春のまま逝った。
それだけに最後は、少し寂しい。